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星と人の間に ニューヨークで絵描きとして生きる (6)

ニューヨークで、絵描きとして活動してきている啓茶(ケイティ)、ことKeico Watanabeです。
私がアメリカに来てから、27年。
これは私がニューヨークに渡って、絵描きとして生きてきた日々の物語です。

最初から読む


空手で、オッス! 小説家志望のマックスのこと

アパートの窓の通りを挟んで、正面にはレンガ造りの建物がある。
その窓にヨガをやっているクラスが見える。のぞいてみるとYMCAという表記があり、色々なクラスがあるとわかった。

メンバーになるといつでも自由に使えるので、身体を動かそうと通ってみることにした。

プールで泳いでみたり、色々なマシーンに挑戦したりした。

何かクラスをとってもいいかなと、ジャズダンスのクラスを覗いたりしていると、奥の部屋から懐かしいかけ声が聞こえてきた。

近づいてみるとそれは空手のクラスだった。白い空手着を着た5、6人の人が「イチ、ニー、サン、シー、ゴオ、ロク、ヒチ、ハチー」
とかけ声をかけて体操をしていた。

先生らしき人は、白人の大きな女性と大柄な黒人の男性で、キッチリと黒帯をしめて、私に気づくと手招きして、こっちにこいと言っている。


「あなたは、ジャパニーズですか?」

と尋ねられた。

「はい」
というと、嬉しそうに
「こんにちは、元気ですか?」
と日本語で話かけてくれた。
見ていてもいいかと尋ねると、私のために大きな黒人の先生が椅子を探してきてくれた。

私は学生時代にソフトボールやバスケット部に所属した事はあるが、格闘技系はやったこともない。
「空手」の世界は知らない。それでも日本人のネイティブとしては誇らしい気分だ。日頃、英語で苦労している私にとっては優越感を感じられる場所となった。


「啓茶、99の次は、何だっけ?」

「百、ヒャクですよ!」
「啓茶、ここは何て呼ぶの?」
「肘、ひじ!」

教えるだけで、ありがとうと笑顔返してくれる。空手の昇格試験には日本語の試験もある。「センパイに礼!」
「オッス!」

両手を握り、拳を作り、お腹の前でクロスするように構える。空手仲間との会話は語学学校よりも、英語の力がつくような気もするし、毎週せっせと通って汗をかいた。

そんな空手の練習の後、ジムの前の信号を渡りおえると、恥ずかしそうにモジモジと声をかけてくる男性がいた。

「あなたは、先週セントラルパークを走っていましたね」

落とし物をした記憶はないし、不思議だと思ったけど、
「はい、走っていましたけど、何か?」
「今は、どこに行っていたのですか?」

「空手ですけど、なぜ?」


気づくと、なんだか色々と聞かれていた。
「私は絵描きです」
というと、彼は嬉しそうに、
「僕はコレクターで、アートが好きです」

と目を耀かせてきた。
来た来た、映画のようなシーンだ。けれど、よくある手だから騙されないようにしなくては。軽く挨拶して別れよう。


彼が着ているヨレヨレのシャツは、あまり信用度を感じない仕事のようにも思えた。


「どんな種類のアート、どんなアーティストが好なんですか?」

私の質問に彼は、ちょっと考えてからこう言った。

「ジム•ダイン、ジム•ダインです」


その言葉で、私は完全に映画のシーンの中に入っていた。



というのは、部屋がまだ落ち着かないのは家具がないからだろうと、しばらく前にフリーマーケットでアンティークの本棚を購入して、英語の教材は少し並べたが、どうもしっくりいかなかったのだ。

そうこうしているうちに先週ソーホーの画廊で、ようやく気に入った、大きな画集を手にいれることができた。
その作家が、ジム・ダイン。私の本棚の唯一の画集が「ジム•ダイン」だったのだ。毎日眺めては、少しずつ英訳して読み始めたところだったのだ。


「僕はマックス、そこでお茶でも飲もうか?」
「オッケイ」

道で声をかけられた人についていく自分が信じられないが、近くのバーのテラスに席に座りビールを飲んだ。


そして彼の友人のアーティストの話を聞いたりしてながら、メールアドレスを交換して別れた。7月になり陽が長くなったので、まだ外は明るかった。


それから時々届く短いメールが、小さな楽しみとなった。

マックスは会社に勤めているが、自分は小説家を目指していた。自分の時間は読書と執筆活動に忙しいということだった。
会社の仕事は何と聞くと

「??イン ベースメント??」

と聞こえた。
なんだろう、ダウンタウンの地下で働く肉体労働かなんかなのかなあと想像した。

それからずいぶん経ってから、ある時、彼のオフィスから見える景色の話をした時に、質問してみた。
「インベイスメントって、地下での仕事の事ではないの?」

「なんだって?  Basement だと思った?  違うよ、investmentだよ」
そうスペルを綴ってくれて、インヴェストメント、つまり投資関係の会社で働いているということがわかった。

マックスは笑いながら、自分はいつかこのエピソードを小説に書くと言っていた。



私の質問は、たわいもないものが多かった。
「ジューイッシュにはクリスマスが無いの?」

「プレゼントはあるよ」
「韓国料理は嫌いなの?」
「英語のメニューが付いていないから」

「毎日缶詰を食べているの?」
「インゲンも毎日食べているよ」



小説に集中したいマークは自分の時間を優先したし、絵に集中したい私も自分の時間を優先していた。

「啓茶、最近たくさん喋るね?」
「英語の単語を勉強しているし」
「ハドソンリバーに散歩に行く?」

「美術館に行きたいな」

「パグを預かるから、時間がないかもしれない」

「え、それって誰の犬なのかな」


そしてお互いにメールの返事が遅くなった。


* * * * *

街での出会い

あなたは、いつも問う

何故ですか?

私を元気づけるのは、寒い空の星、ミントティー

何故だろう



トマトソースのロールキャベツ、ラテン音楽

ポケットの中身をすべて机の上にならべ

おそるおそる服を脱ぐ

それでもあなたは、問う

何故ですか?


しゃべりすぎるウサギは、置いて行かれ

1枚のカードがここに残る

何故ですか?



頭痛持ちの調律師に聞いてみる

消印は、確かに過去の事実を証明するが

方程式は解答へまで導いてくれない

書きかけた手紙のペンを止め

グラスに氷をいれる


* * * * *
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