2025年2月18日〜雑記:コトワリ〜
今日、先輩Xがこんなことを言ってきた。
「後輩Yが、最近飲みに誘っても断るんだよ。
どう思う?」
そうですか。
それは良い傾向だと思います。
というか先輩。
アナタは言う相手を間違えています。
お忘れですか?
ワタシはアナタの誘いを4ヶ月連続で断り続けているのですよ? (記録更新中)
正直にそう伝えると、先輩Xはさらに言葉を重ねた。
『いやいや。
先輩の誘いをお断りするとか、あり得ないだろ?』
だからそれをワタシに言いますか?
そろそろワタシの断り記録が5ヶ月目に突入するのですが。
どうやら先輩Xの頭には
『後輩は先輩の誘いを断らない』という理(コトワリ)があるらしい。
しかしそんなモノは先輩Xの考えでしかない。
後輩Yは、たしかに先輩Xと仲が良い。
だからといって、後輩Y自身が『先輩の誘いを断らない』と考えているかと訊かれれば、その答えは「ワタシには分かりません」だ。
誰もが1つくらい、自分の理(コトワリ)を持っているものである。
「先輩について行くのが正しい」という人がいる。
「行くか否か自分で判断するのが正しい」という人もいる。
どちらが正解だ、不正解だ、というのは意味がない。
自分の理(コトワリ)とは、『自分の世界はどうあるべきだ』という願望の塊だ。
70億人いれば、70億通りの願望がある。
先輩Xの理は、後輩Yと相容れなかった。
ただそれだけだ。