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歌舞伎の楽しみ 〜ゆすり場〜

「ゆすり」は「強請」と書いています。
ご存知の「お富与三郎」の有名なセリフに「押しがり強請は習おうより 慣れた時代の源氏店、、」の、あの「ゆすり」です。
特に幕末頃の世話物ではお馴染みの言葉で、こういった場面はよく出てきます。
例を挙げてみましょう。
 「弁天娘女男白浪」  弁天小僧と南郷力丸の浜松屋でのゆすり
 「盲長屋梅加賀鳶」  質店、按摩熊鷹道玄とおさすりお兼のゆすり
 「十六夜清心」    貸付所、鬼坊主清吉(清心)とおさよ(十六夜)のゆすり
 「切られお富」    赤間屋、お富と蝙蝠安のゆすり
 「蔦紅葉宇津谷峠」  伊丹屋の店先、提婆の仁三のゆすり
 「天衣紛上野初花」  松江侯の屋敷、河内山宗俊のゆすり
               以上 河竹黙阿弥の作品
 「於染久松色読販」  浅草油屋、土手のお六と鬼門の喜兵衛のゆすり
               四代目鶴屋南北の作品
 「与話情浮名横櫛」  源氏店、切られ与三と蝙蝠安のゆすり
               瀬川如皐の作品
などなど、まだまだあります。
「ゆすり場」の特徴を見てみましょう。
①  場面は人の出入りの多い商売家の店先です。
  質屋は「お染の七役」と「加賀鳶」、呉服店は「弁天小僧」、貸付所は「十
  六夜清心」、遊女屋が「切られお富」。例外が「源氏店」の妾宅。
②   ゆすりに来る人間は必ず二人連れ、それも男と女が多い。
   うんざりお松と立場の太平次、土手のお六と鬼門の喜兵衛、道玄とお兼、
   切られお富と蝙蝠安、清吉とおさよ。  
   男同士というのは「弁天小僧と南郷力丸」、「切られ与三と蝙蝠安」
③   必ずスキャンダルを持ち込んできます。これが脅迫のネタ。
   お松の与兵衛への色仕掛け、与三郎とお富の関係、道玄の姪おあさと質屋
   の主人、おさよ(十六夜)の昔の旦那大寺庄兵衛への言いがかり、切られ
   お富も同様。  土手のお六の殺人、弁天小僧の万引きの汚名、この二点
   だけが色気はない。
もちろん、これらの特徴といえども例外があります。
黙阿弥の書いた「天衣紛上野初花」で、松江侯のお屋敷での河内山宗俊のゆすりです。
  行儀見習いで大名屋敷に奉公に上がっていた質店上州屋の娘が、その先の殿
  様に「妾になれ」と強要される。が、それを拒んだことで幽閉され、困った
  母親が河内山に相談、解決を依頼したことから始まる事件。
 これは天下の大名のスキャンダルをネタにゆすりに行きという話ですが、
 ①  商家の店先でなく、大名の屋敷がゆすり場になっている
 ②  男と女が連れ立って行くのではなく、河内山宗俊というお数寄屋坊主が
  上野寛永寺のお使僧に化け、たった一人で屋敷に出かける

河内山、松江侯の屋敷でゆする

さらにもう一つ、
まずそのほとんどの「ゆすり」は失敗に終わることが多いのです。
 弁天小僧は南郷力丸と組んで、一旦取った百両を返し、返したからには五分五
 分と居直って、膏薬代の十両を貰って帰るという不思議なことをしたんです
 が、本来は親分の日本駄右衛門を浜松屋に信用させるための手の込んだトリッ
 クなので、純粋な意味ではゆすりとはいえないかもしれません。

南北でも黙阿弥でも、ゆすりの手段が間が抜けて失敗に終わるというユーモアが
むしろ魅力になることがあります。前の書いた河内山宗俊も、失敗に終わりそうだったけれども、持ち前の太々しさと鷹揚さ、知力でこれを乗り切ってしまうのです。
また、「切られ与三」や「十六夜清心」のように、ゆすりに来た側とゆすられる側が思いがけない再会とか、意外な血縁関係であることがわかる例もよくあります。

こういった「ゆすり場」が見られるのは江戸時代も末期の世話物がほとんどで、その時代を反映したものとなります。
それを実際に作劇したのが四代目鶴屋南北と河竹黙阿弥です。
南北の時代は、
 遊び  吉原 → 岡場所(安直な私娼街)
 流行  目立たなく見えて実は贅美、技巧を凝らした衣類。例えば小紋
というように、普通のものでは満足できず、異様な刺激、興奮を求める風潮が
生じていました。そんな時、庶民の歓楽慰安の場、エネルギー発散の場が芝居で、その要求を満たしたのが四代目鶴屋南北の書いた芝居でした。
彼の書いた作品には、以前の常識から外れた人物が登場します。そして彼らは
「ゆすり場」に出てきます。
そういった人物の中での代表的な女性が「悪婆(あくば)」と呼ばれる人物たちです。

鶴屋南北以前、江戸時代の前期、中期の歌舞伎に登場する若女方が扮する役には悪人はほとんどいません。当時の女方は、美貌、可憐、貞淑という当時の道徳観から見て理想的な女性像として舞台上に登場していました。 もちろん憎らしい敵役の女性もいましたが、彼女らはお家騒動の年増か老女で、しかもそれを演じるのは「立役」の役者でした。
江戸も後期になると、そういった原則は崩れ、若女方が演じる新しいキャラクターが登場します。それが「悪婆」です。時代の流れとそれに伴って起きる新時代の観客の要求に応じて生まれたものと言えます。

鶴屋南北の作風で最も特徴を示すものが「悪婆の創造」でした。
  うんざりお松、土手のお六、三日月お仙
名前を聞くだけでそれらしいことが想像されます。
彼女らを「悪婆」といっても、三十前後の年増で色気もある女で「婆」は老いた女性ではありません。「悪」がつく通り、人殺しも平気、ゆすりもします。好いた男のためなら平気で出刃包丁も振り回して鉄火なべらんめえ調の言葉で喋り、情がらみで「悪」をする女なのです。

土手のお六と鬼門の喜兵衛

 土手のお六と鬼門の喜兵衛は、フグの毒で死んだ丁稚の久太の死骸からゆすり
 を思いつき、久太の前髪を剃って早桶に入れ油屋へゆすりに行くという筋で
 す。 お六の鉄火な啖呵と南北らしい奇抜な作風が面白い演目です。

土手のお六、格子縞に黒襟をかけた衣装に「馬の尻尾」という鬘、そこに落としざしの櫛を差しています

同じ手法で、黙阿弥も「切られお富」を書いています。これは「切られ与三」をお富の物語に書き替えた手法が見られる演目です。
「悪婆」の役柄の典型を示す作品で、当然「ゆすり場」もあります。
与三郎のために探している名刀を手に入れようとする女ですが、退廃爛熟の時代を背景に、お富は総身を斬り苛まれる残酷さ妖気が浮き彫りにされ、死にそうになったところを蝙蝠安の女にされて、さらには畜生道の運命まで描かれた卑猥味が強調された作品です。

夫となった蝙蝠安を畜生塚で殺すお富

初演の美貌の女方三代目澤村田之助に斬り苛まれた女を演じさせ、「悪婆物」の代表作の一つといわれた演目です。
見どころは、赤間屋奥座敷の「ゆすり場」で、お富が「総身の傷に色恋も 薩埵峠の崖っぷち、、」という啖呵の名セリフをきかせるところです。

以上、まとめてみた時「ゆすり場」は
①  信用第一、世間体が気になる商家へスキャンダルを持ち込む
②  その手口が男と女、ネタは艶ダネというケース
③  そのスキャンダルはほとんどがでっち上げ (例外はお富与三郎)
④  そこに事件を裁く人間が入ってくる
   「お染の七役」山家屋清兵衛 「お富与三郎」和泉屋多左衛門
   「弁天小僧」日本駄右衛門 「十六夜清心」大寺庄兵衛  など
⑤  この前後には長い有名なセリフがある。七五調の「厄払い」です
⑥  ゆすりの正体を見顕された二人連れはここで開き直ってガラリと態度を変える
⑦  ここで裁き手が入り、ゆする側はとどめを刺される
   大体ここでゆすられる側の表沙汰にしたくない思惑でゆする側に多少花を
   持たせる
⑧   何がしかの花を貰ったゆすり側は帰ってゆき、商家の店先は平穏な日常に戻る


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