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【書評】京野哲也(編著)、ronnor、dtk(著)『Q&A 若手弁護士からの相談99問 特別編リーガルサーチ』(2024)

私の考えるところによれば、法律家的能力が最も試される時とは、或る条文の解釈や判例の動向と言った、既存の法状態についての知識の有無を尋ねられた時ではなく、これまで全く議論されていなかった法律問題、考えたこともないような法律問題に直面させられた時である。そのような時に、既存の法律的知識を言わば総動員して、それとの関連を見失わないようにしながら、問題の解決に到達するためのいくつかの異なった考え方を示し、そのうちから筋のとおった一つの考え方を選択し、その論拠を主張し説得するのが、法律家的能力なのであり、そしてその時にあたって問題を考える際の最も有力な手がかりが、或る制度や条文は本来どのような場合を念頭において規定されたのかを理解しておくことなのである。

平井宜雄『債権総論』(1985年)はしがき

1.はじめに

「若手弁護士」[1]のもろもろの悩みに応える「Q&A若手弁護士からの相談」シリーズ第4弾である本書は、「どのようにすれば悩ましい法律問題の回答にたどり着けるかという、リーガルリサーチに関する若手弁護士や若手法務パーソンに対する回答を示す」(はしがきi)ものとなります。本書では、全体を10章に分け、それぞれ10(最終章は9)のQAとColumnを配しています。前著で散見された、場所ごとにトーンが異なるということはほとんどなく、あたかも一人の著者が統一的に執筆したごとくに共著者リスクを克服していると感じました。もっとも、本書で一般的に展開される議論から逸脱する記述がところどころあり、これが著者の一人ひとりの人間性が垣間見える点が面白いとも感じました。この点は最後に触れます。

本論に戻ると、リーガルリサーチとは、「弁護士や法務パーソン…が具体的事案を踏まえて、具体的問題意識の存在を前提に、リスク管理を目的として実施する調査プロセスをいいます。」 (1)[2]リーガルリサーチは、3つのプロセスに分けられます。(9)

  • 適切な問いを立てる

  • 調査の前提となる法律知識及びどこをどう探すとどのような情報が出てくるかに関する知識を踏まえて調査(リーガルリサーチの「本体」)を実施する

  • 「答え」を踏まえて案件を進める

以下、この3プロセスに則して、本書の内容を紹介していくことにしましょう。

2.適切な問いを立てる

適切な問いを立てて、それに対する解決策を示していくことが、アカデミックなリサーチと異なる実務におけるリサーチの特徴です(1-2)。アカデミックな領域におけるリーガルリサーチについての書籍では、どうやって適切な問いを立てられるかという点について、あまり触れられていません。学部レベルでは問題は主として教官から与えられるでしょうし、大学院以上の研究者レベルであれば、問題意識があることは所与の前提とされているでしょう。これに対し、本書が対象とする実務において、適切な問いは、依頼者やビジネスから示されるものではなく、弁護士や法務パーソンが自ら立てていくことが求められます。本書では、適切な問いであるかは「『目の前の案件においてどのように依頼者の利益を実現するか/全社的リスク管理を実現するか』という大きな目的に基づき、具体的な状況を踏まえてブレークダウン」(29)していけるかという点から評価されます。問いの設定の目的の一つがリスク管理[3]であるとしている点が、実務的なリーガルリサーチを扱う本書の大きな特徴です。「リーガルリサーチでは、『問い』に『答える』ことそのものが重要なのではなく、いかに(全社的)リスク管理を実現しながら案件を前に進めるかが重要です。」(37)

依頼時に示された「問い」が、事案に即して適切な問いであるかは、弁護士や法務パーソンが、案件の具体的内容から認識した前提事実、基本的な法律知識、リスク感覚の3つから考えていくことになります(12)。しかし、リスク感覚が 前提事実の確認や法律知識の理解と どのような関係にあるのかについて、本書では記載がぶれているように感じました。「適切な問いは、認識した前提となる事実及び基本的な法律知識から導かれます。」(11)、「前提知識が不足していると適切な問いにならない」、「決め打ちせず、前提事実をよく確認すべき」(39)とし、リスク感覚は前提知識に対する補完という記載がある(12)がある一方、「前提知識が足りずとも、リスク感覚が優れていれば、適切な問いを立てることができるかもしれません。」(32)、「個別法に対しどの程度の理解が必要かというのは、リスク感覚次第であり、リスク感覚が鋭ければ、そこまで個別法の知識が豊富でなくても、問いの連鎖の中で適切な問いにたどり着くことができるでしょう。」(43)といったリスク感覚が主であると思われるような記載もあります。個別のリサーチにおいてどこまで前提知識を深堀しておくべきかという点について、仮想事例などでもう少し丁寧に筆者の考えるレベルを示していただければと思いました。

どうやったらリスク感覚が磨け、適切な問いに到達することができるのでしょうか。「リスク感覚を養うためには、多数の「失敗事例」を知ることが重要です。」(43)、「最初から完璧な『問い』を立てることができない場合も多いといえます。そして、だからこそトライ・アンド・エラーの精神で、徐々に成長していくことが重要です。」(41)、「このような試行錯誤を重ねる上では、思考過程を説明できることが重要です。」(42)とあり、失敗事例を知り、上司・先輩・同僚らとの議論をすることで、養っていくことが示されていますが、これもやや抽象的であり、もっと具体例を見たかったところです。

なお、「問いが間違っている(可能性がある)場合には、あえて抽象度のレベルを一つ上げてみる」(40)、Column2における「『現場・現物・本人』を確認してみること」(46)「実際に生じている事態に即したより適切な『問い』とは何かを考えていくべき」(47)、「初めに立てた『問い』は仮説的なものに過ぎず、仮説的な『問い』を立てて情報を得て、得た情報に基づき仮説的な『問い』の妥当性を検討していく」(47) という記載については、抽象的[4]ながら著者の経験を踏まえたTipsであると思いました。こういう記載がもっとあればよかったと思います。

3.リーガルリサーチの本体

(1)    「あたり」をつける

リーガルリサーチは条文を起点に展開」(48) [5]する本書において、どの法律のどの条文なのかわからなかった場合には「『あたり』をつける」ことになります。「『あたり』をつける」ことを明示した点も、本書の独創的な点の一つだと思います。リサーチに慣れた人であれば、「あたり」をつけることは、無意識に行っているかも知れませんが、公刊書において触れているのは、今まで見たことがありませんでした。

「『あたり』をつける」対象は何か。本書では、「『あたり』をつける段階では、条文を見つけるだけで十分」(51)とありますが、他方、必ずしも条文を探索するためのみの作業に尽きるものではないようにも読める部分[6]もあります。また、「条文上は規定されていないものの重要な概念」(70)の存在も、本書では認めています。「法律書籍中身検索サービス」[7]について、「そのまま条文に転換するフェーズに行くことができない」(56)限界がある中でそれでも紹介しているのは、条文に戻らなくても(あるいは、条文自体はわかっていても)、検索の起点となるものがある可能性を示唆しているように思いました。
それでも条文に戻ると言っている点については、「実務では根拠が問われるところ、その「根拠」を探す営為こそがリーガルリサーチ」(6)であり、条文の大切さを読者層である若手の弁護士や法務パーソンに対し改めて基本として強調しておくべきという趣旨で記載しているのだろうと理解しました。

「『あたり』をつける」ために何を参照するか。本書では、インターネット検索、法律書サブスク、法律書横断中身検索サービスの3種類が挙げられています。Wikipediaや法律辞典への言及がなかったのが、個人的には意外感がありました。できればこの2つへの評価も聞きたかったところです。

「『あたり』をつける」ことのゴールは何か。「『あたり』をつける」のはまさに「『あたり』をつける」以上ではないのであって、これでリサーチが終りと考えることに対しては、「『あたり』をつける過程で、いくら良さそうな記事を発見することができても、原則としてその記事そのものを「根拠」とすることは回避すべきです。」(51)と、厳に戒めています。

(2)    条文

条文を起点とした展開とは、「実務で必要な『根拠』となるのは、条文・(裁)判例・通説・実務であるところ、(裁)判例・通説・実務はいずれも条文の解釈論である以上は、条文が最も重要なスタート地点とな」(65)ります。ただし、「条文というのは通常はそれ自体が『答え』なのではなく、それを起点に展開することで、書籍、裁判例、論文等の『答え』が掲載されているものを探すことができるからこそ、まずは条文を探すという側面が大きいといえます。」(70)

そこで、具体的にどう条文を検索すればよいのかが 課題になってきますが、その点の記載は、「条文」とは何か、という記載が精緻に展開されているのに比べ、Columne3に検索例があるものの、ややあっさりしています。せっかく「周辺の条文を簡単に見渡すことのできる紙の六法は大変有用」(Column4)と言っているのですから、準用先や政省令への委任先の参照、類似例との比較に際しての、紙の六法の使い方などはあった方がよかったと感じました。それとも、その技法を大学や司法試験準備の中で当然身に着けている読者を本書は想定しているのでしょうか。

条文を起点とした後、リーガルリサーチは、「書籍、(裁)判例、論文等に展開していきます」(70)。以下その順に紹介していきましょう。

(3)    書籍

『あたり』をつけた後において最も優先すべき参照対象は書籍です。」「そこに『答え』がそのまま書かれている可能性が一番高いからです。」(84)ここでいう「書籍というのは出版社が商業出版として刊行するものを指」(84)します。商業出版が一定の品質を担保しているのは、編集者、校閲者の目を通っていること、商業として一定の販売数が期待できることが前提となっているため、品質が悪いものはある程度淘汰されるからだと思います[8]。

条文を起点とするリサーチを基本とする本書においては、書籍の中でも「条文に則して記述がまとまっている」(72)コンメンタールが、第一優先とされています。ただし、コンメンタールを参照する場合にも、留意すべき点があります。まず、「古いコンメンタールだと刊行後の新判例出現や判例変更を踏まえていないものもあり」(88)、最新の法改正、裁判例、学説などは、別途補う必要があります。また、コンメンタールは条項ごとに違う著者がおり、「共著リスクとして、ある著者は締切りに間に合わせて原稿を出したものの、その数年後にならないと他の共著者のパートが集まらず、結果当初の締切りまでに提出された原稿の内容が古いものになるということがあります。」(88)[9]さすがに法改正については対応しているとしても、最新裁判例が、ある条項の解説では反映されているが、別の条項ではされていない可能性があり、それが外からわからないこともあります。これに加えて、著者によって考えが異なり(そして、教科書等と異なり、共著者間での調整も通常ない)、中には判例・通説・実務を踏まえず自説をひたすら展開する学者等の記述を見ることもあります。要は、コンメンタールであっても実務書と同様、条項ごとに「玉石混交」であることには留意が必要だと思います[10]。
また、コンメンタールには、ある法令全体の条項に対する解説である場合(「注釈〇〇法」「条解〇〇法」「コンメンタール〇〇法」という書名が多い)だけでなくて、法改正時に主として立案担当者(官庁における担当者だけでなく、法改正を主導した学者や弁護士のこともあります)が個人の資格で改正条項のみを解説した場合((株)商事法務の「逐条解説シリーズ」など)があります。学者論文に近い場合と、立案担当者解説に近い場合とで、参照のしかたが変わってくるという点も補足しておくべきだと思いました。

コンメンタールに続き参照すべき書籍として、定評のある基本書を上げています。(73)。本書で基本書を重視するのは、リーガルリサーチを「根拠」を探す営為としている立場から、より「根拠」として説得力を増す基本書は何か、どの基本書から見ていくかという基準を示すという説明があればよいと思いました。本書で紹介されている基本書が根拠になることには異論はないのですが、対象が民商法といった実体法に限られ、単独執筆の書籍に限られているので、より一般的な基準を知りたかったところです。
より根拠となり得る基本書とは、論点がより網羅的に示されており、正確に判例・有権解釈・通説・実務が記述され、これらが、自説や少数説ときちんと区別されているものをいうと思います。ある憲法学者は、「基本書が示さねばならないものに,判例の立場がある(ものによっては,政府見解も).有権解釈がどこにあるのかは,実践の学として,裁判において活用することを目的とする以上,その立場への賛否は兎も角,適切な紹介が必須である」[11]と言っています。

次に参照すべき書籍として、本書では実務書を上げています。しかしその内容も「玉石混交[12]」(73)と指摘しています。どうやって玉石混交の中から玉を見出すのでしょうか。最終的には「内容を読み比べて判断する」(129)ということにならざるを得ないと思いますが、「基本書や(裁)判例等の根拠を記載している」「きちんと根拠を調べ、『実務上の取扱いとその根拠』を明示している文献の実務に関する記載は相対的に信頼できる場合が多い」(73)という説明があります。

付け加えるとすれば、コンメンタールと同様に、立案担当者が執筆している「一問一答」や解説といった書籍については、(最高裁判例の調査官解説が判例そのものではないのと同様)立法者意思とは必ずしも言えないものの、パブコメ(Column8参照)と同様、他の書籍に比べて参照する価値が高いという点でしょうか。また、主として取締法規において所轄官庁の担当者が執筆した書籍(例えば「景品表示法」(緑の本)など)も同様です。特に取締法規については、当局が条文解釈からは必ずしも導かれるとは限られない運用を行っていることがあるので、当局の実務指針を知ることは重要でしょう。これに加えて「赤い本」など、実務における相場をまとめた定評ある書籍も、コンメンタールと同様、あるいはそれ以上にリサーチに際して依拠すべき資料であると思います。

どのようにして必要な書籍を入手するかという点について、近時の出版事情と急速なデジタル化との間で、どこまで具体的に書くべきか、悩むところが多かったと思います。国立国会図書館のほかにアクセスのしやすい図書館や館ごとの特徴、書店ごとの特徴などについての著者の考えももっと知りたかったところです。読者の住む場所により状況は大いに異なるでしょうが。
法律書サブスクや電子書籍の進化はとどまることをしらず、本書執筆後もどんどん状況が変わってきています。そういう中で、法律書サブスク3社の比較をしている点(§43)については、本書の「賞味期限」として結構踏み込んでいるな、と思いました。
今後近い将来において、2000年までの絶版書籍については、国立国会図書館デジタルコレクションに所収されることが原則となる(96)ようなので、今世紀に出版された書籍のアクセス方法が課題となります。本書では、読者が一人で書籍を入手することが前提となっていますが、個人では資金も時間も限られているのですから、他の人を借りるということについても、考えてみてもよいのではないかと思います。他の法律事務所で所蔵している書籍を見せてもらうとか、法曹資格がない企業法務担当者が顧問弁護士等にお願いして、事務所所蔵の書籍や弁護士会の図書館で必要な書籍を借りてきてもらい参照するとかといったことは、自分の見聞する中でもありました。特に、本書でも触れる最高裁判例解説や法曹時報は、企業法務部ではなかなかアクセスが難しいのです。(オンラインでだいぶみられるようになりましたが、それでも直近の法曹時報を参照することは難しいです。)

(4)    (裁)判例

本書において、条文の次に参照するべきは、条文を直接裁判所が解釈した判決ではなく、書籍としているのは、ウェスト・キー・ナンバー・システムやリステイトメントといった、判例を体系的に整理したインデックスが貧弱[13]なわが国の現状を踏まえた現実的な選択だと思います。最初にまとまった書籍で、思考枠組みを理解した後に初めて判決を読むべきだと理解しています。

ところで、本書においては「(裁)判例」という言葉が用いられています。この言葉は、65頁に初出しますが、どうしてこの表現なのか、判例や裁判例、判決例ではいけないのかという説明は、40頁も後にようやく「ここで『判例』ではなくあえて『(裁)判例』としているのは、最高裁判例に加え、実務上、下級審の判決当だからと言ってリーガルリサーチの対象から外すことはできないことを意味します。」「最高裁判例とそれ以外には重要性において差があることは確かなので、『裁判例』ではなくあえてカッコをつけて『(裁)判例』としています。」(105)と出てきます。また、索引でも「(裁)判例」という項目はありません。本書では、前著も含めたクロスリファレンスが出てきていますが、このように一般的ではない用語については、初出時に詳しく述べている個所を示してほしかったところです。
判例とは何か、下級審判決例をどう参照するかという点について、本書でも説明はあるものの、「レイシオデシデンタイ」という言葉がColumn7にいきなり出てくるなど、ある程度判例についての理解がある人向けの記述[14]となっているように思われます。

(裁)判例としてどこまで調べればいいのか、判例データベースが普及した現在、悩ましい問題です。この点、本書では、可能な限り網羅的に調べることが望ましいという趣旨のように読めます。「理想的には…5つのデータベースをすべて利用しなければ、網羅的に(裁)判例を調べたとは到底いえない」(112)という記述があります。しかし、多くの読者はすべてのデータベースと契約する資金も、数百とは言わず数十の判決を比較検討する時間も足りない中、どう参照すべき(裁)判例に巡り合うのでしょうか。本書のいう「合理的注意を尽くす」水準とはどこにあるのでしょうか。この点、§59で「数時間程度のリサーチを前提」とした説明があり、また、具体例としてColumn6がありますが、微妙にニュアンスが異なるような気がしています。何百、何十の関連判決例からリサーチ目的に合致した判決を発見する著者の職人芸をもっと見たかったところです。特に、判例理論となり得る判決と事例判断に過ぎない判決との区別について、著者がどう取り組んでいるか知りたいです。この点がリサーチとして(裁)判例を用いる際の肝となると思うので。

(5)    論文等

本書では、判例の射程を理解するうえで有用であることから、論文として特に重要なのは、調査官解説を中心とする判例評釈であるとしています(124)。他方、条文を起点にリーガルリサーチを展開するという本書の立場からは、法令の制定・改正時に立案担当者が(しばしば個人の立場で)執筆する立案担当者解説も紹介すべきではなかったと思います。

どうやって必要な論文を探索するか。本書では「芋づる式」といって、1つの論文で引用されている論文を連続して参照していく方法が紹介されている一方で、書誌[15]についての言及があまりないのは気になりました[16]。

本書では、調査官解説を除けば、論文は玉石混交、「『かゆいところに手が届く』という結果にならないことが多い」(130)と、取捨選択が重要になる点が強調されています。そこで、どう絞り込むかということが課題となるのですが、あまり詳しく触れられていないように思われます。

その他の情報の探索についての第8章は、今までの記述のトーンとやや異なり、よりhow toに近い、実際の検索に直接役立つ情報が掲載されていると感じました。1点補足しておいた方がいいと思った点は、パブリックコメントのところで、パブリックコメントとは、行政手続法39条において、同法2条8号に定める「命令等」が対象となっているが対象となっているため、法律(案)については対象外だということです。法律についてリサーチするのであれば、立案担当者が執筆した書籍、論文に加え、国会審議録における国務大臣その他の政府側関係者の説明、官公庁のウェブにある資料、経団連、商事法務研究会・経営法友会などで所管官庁の担当者が行う解説などを参照する必要があります。この点、163頁の「立法担当者[17]解説・逐条解説」の説明はややあっさりしていると思いました。

(6)    人に聞くその他のリーガルリサーチ

本書は、リサーチは基本一人で行うべきことで、他人を巻き込むことに対しては、消極的というか、他に代替策がない場合の最後の手段として考えているように思われます。「組織内の同じ方向性(例えば『このビジネスを成功する支援をしたい』)を共有している人に聞くならともかく、特に第三者的な、行政や専門家に対して『フリーハンド』で意見を述べてもらう場合、その意見が、あなたが事前に想像すらしていないような『サプライズ』を含むものとなって、案件を前に進める上で、重大な障害となる」(Column9)可能性があります。そのため、人に聞くのはまず「自分自身である程度考えて、他の方法で調べること…ではうまくいかないから聞」くこと(156)、「相談や質問をする前に、先に自分なりの筋道のとおった考えを持つこと」(Column9)を奨励しています。生煮えのものを丸投げする形で人に聞くことは、確かに聞かれた方は迷惑であるものの、初心者のうちは特に、何を調べるのかどう調べるのか不安な中で、人を頼ることのハードルを上げてしまうと、却って独りよがりの悪い癖がつくということもあるのではないかと思いました。

また、行政に聞くときも、「逆バネリスク」(158)があるので、本当に聞くべきか、行政にどうしても聞かなければならないかよく吟味することを勧めています。行政に聞く場合、より一般論で、より情報が公開され、より末端の担当者であるほど、保守的になる傾向があります。逆に言えば、前提条件を絞り、回答が独り歩きしないなどの心理的安全性を行政官に与え、より権限のある人に聞けば、一般的・保守的な回答ではなく、突っ込んだ特殊解を導くためのヒントが得られるかもしれません。例えば、自分ひとりで聞くというのではなく、顧問弁護士等を介して匿名ヒアリング(弁護士は顕名)をする(目の前の質問者が顕名の弁護士であれば、前提条件が絞れているとか、回答したことの意味を理解してくれるということが期待される)とか、業界団体と担当官庁との信頼関係を使って、業界団体限りでのヒアリングを行い、行政としても回答の独り歩きを防ぐようにさせるとか、他の人を巻き込むことを考えて、リスクを提言する方法も検討するべきです。行政庁の領域によっては、特定のルートに対し、ヒアリング形式を整え、迅速な回答をしている場合もあります(登記に対する法務局照会など)。行政との関係について、いろいろなルートで他人を巻き込むことを通して効果的なリサーチができる場合について触れておくというのは、ロビイングに通じるやや高等テクニックなのでしょうか。

4.リサーチの後に

正しいリサーチが行われれば、「そこで導かれた『答え』は案件をどう処理すべきかに直結」(174)します。そこで、リサーチ結果を「わかりやすいことと正確性を維持することを両立」(175)させてまとめることが必要となります。反面、「リーガルリサーチの成果物は、再利用が主目的ではなく、まさにその案件における利用のために作られるため、必ずしも再利用に適した形でまとめられるわけではありません。だからこそ、その労力を次のリーガルリサーチに活かし、今後のリーガルリサーチが楽になるよう、必ず『成果物』そのものとは別の形で蓄積」(179)することも必要となります。全くの正論ではあるものの、日々忙しい本書の読者対象の人たちがどこまでできるでしょうか。
ナレッジマネジメントについての記載(§97)で、個々の弁護士・法務パーソンを名宛人としているのではなく法務組織(法律事務所、企業内法務部門)の話となっているのと併せて、ここは組織管理者としての目からの記載だと感じました。

5.まとめ 本書は一体何なのか

本書はリーガルリサーチの本とうたっていますが、いわゆるハウツー本という側面はあまり多くありません。Tipsがところどころにあるものの、全体としては、リーガルリサーチを通して弁護士・法務パーソンとしての心構えを説いている部分が多い[18]と思います。
他方、冒頭に記載したように、ところどころ著者の人間性が出る部分が、いわば同人誌的な趣を本書に与えていると感じました。

以下、いくつか気付いた同人誌的な表現を紹介して、まとめに代えたいと思います。

  • Column6では、「気軽に(裁)判例を検索する」として、「(裁)判例上出てくる最大の請求額」を探す話が出てきますが、従量課金の判例DBを業務と無関係の目的で使用することは、自営業者以外の労働者が行うことは、就業規則に反する可能性があるので、「よい子」はまねをしない方がいいでしょう。

  • リサーチ結果をブログ・論文等の形式にまとめて共有するいわゆる「小ネタ」(181)。他方、発表形式にもよりますが、本書ではインターネット上の法律情報は、「根拠」にはならないことが多い(145)と言っており、公と私とが交錯しています。

  • ネットワーキング(182)のところで、「経営アニメ法友会」が出てくるのは、ツイッターをやっていない人にはわからないでしょうね。

  • わらしべ長者のお話であるColumn10。BLJ誌が休刊し、SNSがどんどん荒廃している現在で、「若手」の方が長者にどうなっていくのかは、成功者バイアスを排除してサポートしていきたいですね。


[1] ronnar氏が執筆者に加わった第2弾以降、想定読者は弁護士有資格者だけではなく、資格の有無を問わない企業内法務担当者も含むようになってきています。

[2] 引用の後のカッコ内の数字は、本書のページ番号となります。また、Q&Aの番号自体は§の後に示します。

[3] 本書でいう「リスク」とは何を指すのかについて、「法的リスク(典型的には違法リスク)」と32頁で言及されていることから、違法リスク(コンプライアンスリスク)を中核としていることがわかります。弁護士・法務パーソンが扱う法的リスクには、違法リスク以外にも、依頼者・ビジネスがやりたいことが実現できるか、不測の事態が起こったときの手当をどうするか、というリスクも(契約にどう織り込むべきかという問題の立て方から見れば)その一環と言えるでしょうし(自分はこれを(狭義の)「リーガルリスク」と呼び、違法性リスクの方を「コンプライアンスリスク」と読んでいます)、価格や市場の変化、商品企画、品質管理という事業リスクも、弁護士や法務パーソンが事業部隊と一緒となって対応していくこともあります。

[4] 本書が所内・社内での研修資料ではなく、公刊される書籍である以上、経験として語られる記述は「守秘義務の問題が生じるような、実際に扱った案件そのものを提示しているのではなく、一般論の範囲で実務経験を応用可能な仮想事例を作成した上で、もし筆者らが対応するとすればどのように考えるかを例示している」(46-47)ということになり、ある程度の一般化、抽象化は免れないことになります。

[5] 前掲注3で指摘したとおり、本書におけるリスクが違法リスクを典型とする法的リスクである以上、条文から出発するのは自然だといえます。付言しておくと、法律を学び始めた初期に、条文を暗記するだけではダメだということを言われます。例えば、山本敬三『民法講義Ⅰ -- 総則 第3版』(有斐閣、2011年)2頁では、「六法全書を丸暗記しても、けっして法律家にはなれない。…実際の問題を解決するためには、法律の条文を知っているだけでは足りず、多かれ少なかれ、それを解釈する必要がある…法律には欠けている部分がある」として、解釈の重要性を解かれています。それでもなお、最後は条文に戻って、解釈という形で事故の決定を正当化していく、相手を説得していくのが、法務の法務たる所以なのだと思います。「法律家は、法律の条文を丸暗記する必要はないが、条文の大体の内容と、それが法律のどの辺りにあるかを知らなければ、法律論ができないことは確かである。」(田中亘『会社法』初版はしがき)本書もまた、そのような立場に立っているのだと思われます。

[6] 例えば、Google検索についての53頁の記載は、より一般的な用語を検索していることを想定しているように読めます。また、Column6で具体的にどう「『あたり』をつける」かの例が出てきますが、形式的に条文を探すというよりは、もう1段抽象的な概念と条文とを往復することが示されています。

[7] 「法律書籍中身検索サービス」とは、著者のおひとりであるronnar氏のブログにあるLION BOLTを念頭に置かれているものと思いますが、なぜ具体的サービスの紹介がないのか気になります。

[8] 白石先生の『法律文書読本』刊行記念イベントにおける横田先生の発言参照。「『本を書いた数』というのは、つまりは『編集者に文章を読まれたという経験の数』です。本を書く際には、人に文章を赤字で添削されて、『ここにテンを入れてください』とか『これってこういう意味ですか?』と書かれた経験をするわけです」。

[9] 「共著の場合には共著リスクとして、ある著者は締め切りに間に合わせて原稿を出したものの、その数年後にならないと他の共著者のパートが集まらず、結果当初の締め切りまでに提出された現行の内容が古いものになるということがあります。」(88)

[10] 自分自身は、コンメンタールを読むときは、まず解説文の末尾にある執筆者を見るようにしています。

[11] 君塚正臣『憲法基本書論―独白的ではない基本書執筆に向けて―』横浜国際社会科学研究27巻2号, p.19-43。本文の引用部分に続く「長年,判例は単なる一つの説という気風が憲法学界では特に強く,憲法学者とは,決して変わることのない最高裁の姿勢・精神をせめて机上では徹底的に批判,ときには罵倒とでも言えるような非難の言葉を浴びせ,嘆くばかりの者だという状況が続いていた.」という記載も、憲法に限らず思い浮びますね。

[12] 「玉石混交」という言葉は、実務書だけでなく、判例評釈(126)、実務家の論文(128)、学者の論文(130)、法律家や協会・団体等の公開する法実務情報(144)にも出てきます。それぞれにおける玉の見出し方についてのノウハウももっと知りたいところです。

[13] 第一法規の判例体系がウエスト・キー・ナンバー・システムを参考として作られているという噂を聞いたことがありますが、本当なのでしょうか?

[14] 著者のおひとりが執筆された京野哲也『クロスレファレンス 民事実務講義 第3版』(ぎょうせい、2021年)28頁(注54)では、「『判例』という用語自体多義的であるが,真に拘束性が強いのはいわゆる『レシオデシデンダイratio decidendi』と呼ばれるものであり,『傍論obiter dictum』ではなく,判決の対象となった具体的事件の解決に必要かつ十分な範囲の法律問題についての判断である。ある事実や事態の存在を前提とした判断であるから,他のケースにおいて同様の事実や事態が存在する場合にのみ通用するはずである。この,判断の前提となる事実や事態をどの程度具体的に捉えるかにより,判例の射程距離が変わってくる。…弁護士としては,孫引きされた『判例』の内容をうのみにするのでなく,判例の原典にあたったうえ,案件に応じて妥当な判例の射程距離を論じ…,裁判所を説得する作業が必要になる。中野次雄編『判例とその読み方』〔三訂版〕(有斐閣,2009)を一読しておくことを奨める。」と、簡にして要を得た判例の説明と必要な参考書籍の紹介とがなされていました。

[15] 本書では、「いわゆる文献情報(雑誌名、論文名等)の情報のみ収録されている」データベース(131)と言われているものがこれにあたると思われます。具体的には、「法律判例文献情報」(第一法規)、「法律文献総合インデックス」(日本評論社)など。

[16] アカデミックな領域におけるリサーチの古典である板寺一太郎『法学文献の調べ方』(東京大学出版会、1978年)では、序に続いての章は「書誌の必要性」であり、「書誌を利用せねば最新の(すなわち最も研究の進んだ)文献はつきとめられず、また先人より進んだ研究は行われにくいにもかかわらず、「脚注に引用してある文献を見れば用が足りるので、書誌などは必ずしも参考にする必要がない」との意見さえ研究者から聞いたことが数回もあった。」(1-2頁)、「脚注のみによる研究方法…によると論文の提出間際に、最も進んだよい論文が見つかり、遠方から複写によってとりよせるにも時間がまに合わないとか、既に論争が終った、内容の遅れた古い論文をそれに気づかずに真剣に読みふけることなどが起きかねない」(10頁)としているのと対照的です。

[17] 「立法担当者」と記載されていますが、官庁の立案担当者の見解がそのまま立法者意思を体現しているとは限らず、最近では「立案担当者」と記載されることが多いです。最高裁判例における調査官解説と判例の準則との関係に近いと思います。

[18] 「企業内法務における基本的な所作や思考過程そのもの」「リーガルリサーチというより、『法務担当者が答えを出す方法の本』と言った方が近いんじゃないかと思うのです」とするおもて明さんのツイートや、「実務で答えを出すためのリーガルリサーチとはどういうものかという点に焦点をあてている」というちくわさんの感想にも通じます。


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