見出し画像

映画「室井慎次 敗れざる者」で考える組織とコミュニケーション


はじめに

表題の映画、「室井慎次 敗れざる者」を観に行きました。
本作は、1997年よりフジテレビで放映されたドラマ「踊る大捜査線」シリーズの続編であり、主要人物の1人である室井慎次という男のその後を描いています。

後半には映画のネタバレを一部含んでいるため、すでにご覧になったあるいはネタバレ気にしない方はそのまま読み進めて、もし気になる方は映画を見てから読んでいただければと思います。
ただ、本作からはじめて見る方にはピンとこない点が多々あるため、予めドラマシリーズと過去の劇場版を見ていただくことをお勧めします。
ちなみに、ドラマ版は現在Netflixでも配信しているようです。

踊る大捜査線について

詳細はWikipediaを見ていただくと良いかと思いますが、織田裕二さん演じる青島俊作を主人公に、配属された湾岸署を舞台に様々な事件を解決し乗り越えていくドラマです。

一見、他の刑事ドラマにあるようなストーリーですが、当時の刑事ドラマにはあまりなかったいくつかの特徴があります。

  1. 青島はもともと会社員で、脱サラして警察官に転職した

  2. パトカーの手配に申請が必要だったり、事件の深刻度から拳銃所持・発報許可が降りるなど、当時の警察事情を描いていた

  3. 警察上層部・警察官僚(キャリア組)の本店と、ノンキャリア組が配属される所轄との対立や課題を掘り下げていた

画像はpixabayより

特に、最後の本店と所轄の構造が物語の進行に大きく関わっています。
殺人・誘拐といった大きな事件のみ優先する本店と、身近で困っている人を助けたいとする所轄との食い違いから、本店から所轄に捜査情報が共有されない、本店の捜査方針によって所轄の刑事が危険にさらされたりと、そうした中をノンキャリア組である青島と警察庁管理官キャリア組の室井(柳葉敏郎さん)が手を取り合い、現状を打破しようとしてきました。

映画の所感

ここでは映画の大枠で抱いた点と、室井の役割とその変化にとどめます。

本作は、そうした登場人物や設定を踏まえた続編になっていて、冒頭にも言及していたように、初見の人にとって追いつきにくい内容だったように思います。
過去の映画版含め放映されてから15~20年近く経っている為、記憶も少しおぼろげだったりするでしょう。映画では、過去のテレビ・映画エピソードを差し込む演出が組み込まれています。が、ある程度予備知識が必要なのは確かで、これまでのシリーズ設定が膨大になった続編としての懸念になったように感じました。

また、室井は管理官時代は警察のルールを遵守したお堅い人物(青島と出会ってから少しずつルールを変えていく姿勢になったものの、元のお堅い性格は変わらず)であり、映画でも寡黙で堅苦しいイメージに変わりはないです。
しかし、警察を辞めて里親という役割を与えられ、これまでみられなかったような子どもとの交流を描いているのは少し新鮮でした。

[ネタバレ注意]映画本編より見られるコミュニケーション・組織

以下、本作でのネタバレを一部含んでおります。なお、会話は一言一句記憶しているわけではないため、だいたいこのようなことを言っていた体で見てもらえればと思います。


秋田の若手警察官とのやりとりから見える業務の解像度

室井の家の近くで倒れていた日向杏(福本莉子さん)を介抱し、その子の預け先が室井に杏を託してきたことを知ります。
そこで、室井は地域課の若手警察官、乃木(矢本悠馬さん)に杏の対応について任せたいと、このようなやりとりをしました。

室井「頼む」
乃木「…何をですか?何をして欲しいのか言って欲しいです」
室井「…関係する課と連携とってもらいたい」

これは、管理官時代の室井ならもう少し噛み砕いた説明をしたかもしれません。警察庁時代が長くなったからか加齢によるのか、説明不足になった点があるのかもしれません。

一方で、これまでの警察業務に精通し、仕事の全体像を把握している室井だからこそ具体を集約しての「頼む」だった面も窺えます。ただ、地方でそうした経験の浅い乃木からしたら何を頼まれているのかがさっぱり見えなかったようです。
もしこれが青島のいた湾岸署メンバーであれば、この一言で汲み取っていただろうと思います。

室井の説明不足という結論は大いにあるものの、担当者が自身の職域、業務だけでなく組織や仕事全体の流れを見据えて理解できているか、解像度をもって仕事に向き合っているかを示唆しているようにも感じました。
それには、個人で改善するのは難しく、所属する環境とそうした点に気づかせる上司やメンターの存在に大きく左右されるだろうと考えます。

組織と家族とセクショナリズムと

本作後半で、室井とともにキャリア組であった新城(筧利夫さん)が、室井が退職したことで秋田県警本部長に配置換えとなり、奇しくも事件をきっかけに再会します。
捜査協力のため会食に呼ばれた室井は、家で飲もうと新城を自宅に誘います。

新城は、里親としてタカ(齋藤潤さん)とリク(前山くうが・こうたさん)、杏を預かる室井の状況の変化に驚きつつ、警察を辞めた理由を語りながら以下のやり取りに着目しました。

室井「組織と現場が一体になるようにしてきた」
リク「組織って何?」
新城「君たちのように一緒に生活することを言うんだ」
リク「それって家族じゃない?」

新城はリクに通じるように噛み砕いて説明したものの、リクにとっては家族に置き換えられてしまいました。

しかし、これまでの踊るシリーズでも触れられてきたように、組織は家族ほど温かみのあるものではありません。上層部からの指示には絶対的に従う縦割り社会です。
他方、湾岸署のような現場には家族に似た側面もあったように感じます。

唐突ですが、私は「役割は人を活かす」と言う点に一定度の理解をしています。役割を持つことで業務領域を定め、組織活動の円滑化になりうるためです。
けれども、この役割やルールの徹底した先がセクショナリズムとなり、役割から外れる越境行為をよしとしないところが、組織と現場の分断の根底にあるのではと感じています。そして、それは家庭と異なる点であると思います。

踊るシリーズでは、本店は「頭脳」であり、所轄は「手足」であるかのような役割で表現されます。事件捜査のためには、方針を考える、方針を達成する手段を実行する、これは警察だけでなく会社でも同じような構造だったりするでしょう。

問題はそうした役割間に上下関係を生み出すこと役割間のコミュニケーションが一方通行なところであり、頭脳が上、手足が下とされるものではないと考えます。
私自身も以前は会社で「上の人が〜」と言ってましたし、マネージャーが「下の人たちが〜」と言っているのを聞いたことがあります。
それはゆくゆく組織を分断する発言、上下関係を作り出す根底・風潮となるため、諌めるべきだと考えます。

話が少し逸れてしまいましたが、組織はそうしたセクショナリズム、分断を作り出すリスクがあります。
家族は一見役割を持ちつつ上下関係のない融和な関係と言えそうですが、DV含めて家長が支配権を持つ家父長制のような風潮もまだあるでしょうし、感情的衝突によって分断が誘発される可能性があります。組織と違うようで、同じような懸念を内包しているでしょう。

本作においても、室井と血縁関係のないタカとリク、杏は家族のような共同生活を送りますが、お金目当てでどうせ捨てられると杏はタカとリクに偽りの話で分断を煽っています。

閉鎖された組織との関わり

室井は秋田出身であったものの、警察を辞めたあとは自身の出身地とは違う秋田の地域に移りました。

そこでは、地域で取り決めたゴミ出しに参加しない室井を疎ましく感じる地区長(木場勝己さん)や地元の牧場主(小沢仁志さん)たちがいて、本作で殺人遺体を室井を見つけたことで警察が出動して、犯人として疑われたりと彼らのストレスは徐々に増していきます。

ある日、地区長たちは熊を狩るために室井を山に連れ出します。そこで室井は彼らから銃口を向けられている感覚に襲われます。

これもまた人づきあいの苦手な室井に起因する側面はありますが、閉じたコミュニティへの警鐘とも捉えられます。
一概に室井だけでなく、室井が住む前に東京から夫婦が越してきたものの、馴染めなくなってしまったそうです。

そうした閉鎖されたコミュニティにおいては、年長者や発言権のある人の意見が優先され、独自のルールや風潮を作り出す懸念があります。外からの意見が届きにくいといえるでしょう。

室井はそうした関わりに介入せず避けようとしますが、彼らからはかえって室井の嫌な面のみを見続けた結果、山中でのあのシーンになったのだろうと思います。

これを見て、地域だから起きうると決めつけず、外部と隔絶しないこと・外部と交流するために外に出ることも組織としてあるべき形なのだろうと思います。

国家という大きい組織でも、大統領や首相の主張が正しいものとして疑わず、外からの声に耳を傾けないということも起こりうるわけです。
つまり、組織の閉鎖性は状況によってどこでも起こりうるものであり、そうした弊害を避けるために常に外部からの情報をキャッチアップする習慣が必要なのだろうと感じました。

さいごに

本作を見るにあたりなかなか予習が大変ですが、室井慎次の新しい戦いが見られるという意味では興味深かったです。

ドラマ版では和久(いかりや長介さん)が、「正しいことをしたければ偉くなれ」と青島を諭し、組織の外に出るよりも中から変えるために偉くなろうと青島が室井に呼びかけました。

あの時の約束を果たせず警察組織から去ってしまった室井が、里親という新しい役割を見つけて、共同生活というそれまでとはらしくないことに取り組みました。

余談ですが、踊るシリーズの監督本広克行さんは、アニメ「PSYCHO-PASS」でも総監督を務めていました。このアニメでは、近未来の警察、厚生省公安課を舞台に犯罪発生を予測数値化した犯罪係数をもとに取り締まるというものです。
そこで犯罪を追う作中の主人公の1人、狡噛慎也は組織のルールで犯罪者を裁けないことから、組織を抜けて外の世界へ出るという行動に移します。

狡噛は、組織のためでなく自分の正義を追求した結果公安を抜けることを決めました。あれから室井も狡噛に近い形で組織から去り、本作では組織から個に目を向けたことをしています。その先の彼は、本店・所轄との慣習外に立ち位置を変えて、今の警察に何をもたらすのか。

この記事を書き進めていて徐々に気になってきたので、続きの「室井慎次 生き続ける者」も観にいこうと思います。

いいなと思ったら応援しよう!