ブランコが軋み、抹香鯨は都市で鳴く
冷たい雨風にブランコが揺れた。
ギコギコと軋むその音は鯨の鳴き声にまるでよく似ていた。大阪湾に流れ着いたマッコウクジラが息を引き取った。
昨年まで働いていたオフィスからそれほど遠くない海上だった。都市の近くに海があることを忘れていたことを思い知る。オフィス街にいて、海風と戯れる余力を失っていたことを振り返る。
月、火、水、木、金曜日。働く大阪の平日に、今週はよく潮風が吹いたことだろうと思う。そこにいるはずのないものとしてきたものが、そこに現れた時、風の受け止め方さえ変転することがある。
そもそもマッコウクジラの出来事がなければ、スーパーに買い物に行った時、わたしはブランコの音にさえ気づいていなかったのだと思う。ブランコを揺らす風に、マッコウクジラの鳴き声を聴くことはなかったのだと思う。
その時、その時のものごとが重なっているだけの世界を、わたしは見たり、聴いたりしている。それが日常なのだと思う。
ところで、マッコウクジラは和名で「抹香鯨」と書く。クジラの腸内にできた結石(龍涎香)の香りが抹香(お香)にそっくりだったとか。そういえば、わたしのお婆ちゃんが、時折「抹香臭い」などと漏らしていることがあった。
今夜はわたしもお香を焚こうと思う。
二〇二三年一月十三日(金) スーパーからの帰り道、公園にて
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