紅茶
紅茶
私は待っている。
あのひとが私に口づけするのを。
そっと、私を注ぐ。
わたしは、あの、人々を魅了する、高貴な香りを放って歓迎する。
そしてあのひとは、ジャン・コクトーの、"おそるべき子供たち" を読みながら、そっと私に口づけする。
例えようもない恍惚が私を襲う。
あのひとは、またわたしをテーブルの上に置く。
その繰り返し。
また、とった。また、置いた。
この時の何気ないあなたのそぶりが私のお気に入り。
あなたは、まず、わたしをあなたの鼻に近づけ、
ささっと人に気づかれない程度にその芳醇なにおいを嗅ぎ、
ほんのちょっとずつ口に含み、舌の上で転がして飲む。
それがわたしは好きでした。
その度、わたしの深紅のこころは高まり、ついに最高潮へと達したその瞬間、
痛い!
わたしはカチャンと悲鳴をあげた。
あのひとは、手を滑らせ、わたしは床の上に粉々になった。
わたしは、二度とあのひとの接吻を交わせられなくなってしまったのだ。
わたしにはこの苦痛の方が、遥かに大きかった。
辺り一面には、わたしの血のような紅茶が飛び散っていた。
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