「七十四秒の旋律と孤独」を読んだレビュー
僕はSFも、短編も全く馴染みがなかった。これまで読んできた本といえば、専ら長編ミステリィばかり。ときどき新書やエッセイを挟む程度で、400ページを下回ると短編だと思い込んでいた時期もあった。そんな、短編SFの対極にいる僕が、今回「七十四秒の旋律と孤独」を読んで感じたことを述べる。
印象に残ったのが、「条件の後出し」である。「私」が朱鷺型の人工知能(マフ)であることが明確に明かされるのは、物語が始まって数ページ経った後のことである。勿論、“それらしい”表現は何カ所かあるのだが、語り手が人工知能であるというとても重要な情報を序盤にぼかしているのは、意図的と捉えた方が自然だろう。
それが確信に変わるのが、メアリー・ローズである。メアリー・ローズが猫であるという情報を著者が隠そうと意図していたことは、最早言うまでもない。
この「後出し」が、どういう効果をもたらすのか。はじめ僕は、実はこの物語に登場する人物はすべて人間とは別の生き物であることを暗示しているのではないか、と考えた。しかし12ページの一節に「私以外の人間」とあるから、この可能性は否定された。おそらく、条件が後出しされた、「私」と「メアリー・ローズ」の二人が、物語の鍵を握っているのだろう。
そこで、次に気になったのが、この鍵となる二人が、どちらも人間でないことだ。ロボットが人間に恋をするという形ではなく、ロボットが猫に恋をしているのである(厳密には恋ではない、という指摘を受けそうだが、僕はあまり詳しくないので勘弁)。なぜメアリー・ローズを人間にしなかったのだろうか。もう少し考えてみたいと思う(脳の回転も、身体の動きも何もかもスローな人間なのだ……。許していただきたい)。
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