カメムシ

これはまだ警察病院多摩分院があったころのお話です。奥さんが入院し、二日に一度洗濯物を回収し、洗濯後のパジャマを届けに行くサラリーマンが体験した鎌倉街道に残る武蔵野自然林で傘のような大きいカメムシをみてしまった男性のお話です。 

中央線は、東京駅から、高尾駅まで、東京都を東から西へ横断する橙色のJR線である。始発駅から終着駅まで、快速電車で九十分ほどを要する、東京都では最も長い路線である。この路線には、都心側から、「高円寺」「吉祥寺」「国分寺」「西国分寺」という四つの寺のつく駅がある。普通はこれに「八王子」も加えたりするが、文字が違うので、ここでは除外した。吉祥寺では、京王井の頭線、国分寺では西武多摩湖線と西武国分寺線、西国分寺では、JR武蔵野線と接続している。

 国分寺市の南西、府中街道の西側に国分寺崖線のハケがある。西国分寺駅が最寄り駅になるが、旧鎌倉街道が残るその一部は、夜になると都下では珍しく真っ暗闇になる。自分の足元も見えない闇は、東京都の山間部である青梅や五日市より手前では珍しくなったと思う。それが国分寺で体験できるなんて、意外でびっくりする。もしかしたら丘陵のある多摩市や町田市、八王子市なら、まだあるかもしれないが、私は詳しくない。中央線立川くらいまでは、開発はほぼ終わっている感じだ。そこで真の闇夜が体験できる場所があるなんて、おそらく市民の殆ども知らないだろう。


 鎌倉街道というと、町田から桜ヶ丘を結ぶ道路が有名だが、現在は東京八王子線と府中の西原町で交差し、国立国分寺線(多喜窪街道)とはその先のT字路で交わっている。将来鎌倉街道といえば、この道を指すことになるのだろうが、実際にはこの道路のある場所は、丘だったり、林だったところを切り開いたもので、もともと道などなかったところだ。

 だから、旧鎌倉街道と呼ばれている林のなかの細い道が、昔からある鎌倉街道というのは理解できる。でも、新田義貞より数百年古く、国分寺と国府があった大國魂神社を結ぶ石で舗装された九メートル道路があったという。この道は気づかれやすいから、わざわざ林の中を進んだのだろうか?

 この小道は両側から覆いかぶさる武蔵野の木立が残っているから、月明かりも星明りも見えない。長さにして百メートルくらいかと思うが、それに気が付いたのは、かみさんが警察病院多摩分院に入院したからだ。

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