システム思考で、イノベーションの機会を探る
イノベーションとは、新しい価値を生み出すことといえます。
イノベーションを技術革新と捉えると、画期的な新技術が必要なイメージがあるかもしれません。
しかし実際には、既存の技術をうまく使うことで「新しい価値を生み出す」イノベーションが行われてきました。
イノベーションの機会をとらえて「既存の技術」というリソース(資源)を活用して行われたイノベーションを、システム思考で分析します。
イノベーションの機会
ドラッカーの書籍『イノベーションと企業家精神』では「イノベーションのための7つの機会」が示されています。(参考文献1)
イノベーションを生み出すための原理と方法論が解説された本です。
「第4章 ギャップを探す|第二の機会」では、「7つの機会」の第2の機会として「ギャップの存在」があげられています。(参考文献2)
そこでは、ギャップの意味が次のように説明されています。
現実にあるものと、あるべきものとの乖離(離れていること)
そして「ギャップの存在は、イノベーションの機会を示す」とのことです。
イノベーションの機会としてのギャップはいくつかありますが、その中の「認識ギャップを利用した例」を取り上げたいと思います。
認識ギャップ
「第4章 ギャップを探す|第二の機会」では、認識ギャップについて次のように述べられています。(参考文献2)
『産業内部の者が、現実について誤った認識をもつとき、その努力は間違った方向に向かう。』
上記のような認識ギャップを利用して行われたイノベーションとして、コンテナ船の例が示されています。
『従来の貨物船の生産性を4倍に増やし、海運業の危機を救った』(参考文献1)といわれるコンテナ船のイノベーションを、システム思考で分析します。
コンテナ船
コンテナ船とは「貨物をコンテナに収容して、それを積んで運ぶ貨物船」です。
コンテナ船の登場で、貨物が港でとどまっている時間が短くなりました。
「従来の貨物船→コンテナ船」によるイノベーションを、システムの時間・空間図で分析してみましょう。
システムの時間・空間図
時間・空間図の「縦軸/横軸」は
縦軸:空間軸
横軸:時間軸
になります。
縦方向は、システムを中央にして
上の欄:上位システム内の他のシステム
中央の欄:システムにするもの
下の欄:下位システム(構成要素)
となります。
横方向は、現在を中央にして
左の欄:過去
中央の欄:現在
右の欄:未来
となります。
※「システムの時間・空間図」について詳しくは、次の記事をご覧ください。
空間軸の設定
空間軸は、システムを中央にして
上の欄:上位システム内の他のシステム
中央の欄:システムにするもの
下の欄:下位システム(構成要素)
となります。
まず「何をシステムにするか」を決めます。
「従来の貨物船→コンテナ船」によるイノベーションを分析するので、貨物船とコンテナ船をシステムにしましょう。
システムが2つになりますので、時間で分けます。
過去のシステム:貨物船
現在のシステム:コンテナ船
上記については、次の時間軸の設定のところで、もう一度説明します。
次は、上位システムを考えます。
貨物船やコンテナ船の上位システムは、海上輸送にしましょう。
次は時間軸を考えます。
時間軸の設定
時間軸は、現在を中央にして
左の欄:過去
中央の欄:現在
右の欄:未来
となります。
前の「空間軸の設定」で、次のように設定しました。
過去のシステム:貨物船
現在のシステム:コンテナ船
上記に合わせて、時間軸を次のように設定します。
過去:コンテナ船以前
現在:コンテナ船以後
空間軸と時間軸を設定しました。
次は過去の空間図を考えます。
過去の空間図
過去のシステム(貨物船)を中心に「上位システム内の他のシステム」と「システムの構成要素」を考えます。
まず、上位システム(海上輸送)内の他のシステムとしては、次のものが考えられます。
貨物
海
他の船
次に、システムの構成要素としては、次のものが考えられます。
エンジン
貨物室
上の「過去の空間図」を使って過去(コンテナ船以前)の分析を行います。
過去(コンテナ船以前)の分析
分析については『イノベーションと企業家精神』での「第4章 ギャップを探す|第二の機会」の「認識ギャップ」を参考にさせていただきました。
貨物船による海上輸送については、次のような課題があったそうです。
課題
船舶の高速化
船舶の省力化
しかし、これらは成果を期待できない課題でした。
過去の空間図を再度記載します。
上記の課題を見ると、その対象は船舶です。
その焦点は、次の関係に向けられています。
海(他のシステム)⇔ 貨物船(システム)⇔ エンジン(構成要素)
しかし海上を移動する貨物船の速度を上げる、低燃費化することには限界がありました。
過去(コンテナ船以前)の分析については以上です。
次は現在の空間図をつくります。
現在の空間図
現在のシステム(コンテナ船)を中心に「上位システム内の他のシステム」と「システムの構成要素」を考えます。
上位システム(海上輸送)内の他のシステムとしては、次のものが考えられます。
貨物
港
他の船
システムの構成要素としては、次のものが考えられます。
エンジン
コンテナ
上の「現在の空間図」を使って現在(コンテナ船以後)の分析を行います。
現在(コンテナ船以後)の分析
現在の分析についても『イノベーションと企業家精神』での「第4章 ギャップを探す|第二の機会」の「認識ギャップ」を参考にさせていただきました。
海上輸送の課題は次のように変わりました。
以前の課題
海上での船舶の移動時間を短くする
新しい課題
港での貨物の滞留時間を短くする
「以前の課題」は成果を期待できない課題でした。
それに対して「新しい課題」では成果を期待できます。
現在の空間図を再度記載します。
「新しい課題」での対象は、船舶から貨物に変化しています。
その焦点は、次の関係に向けられています。
貨物(他のシステム)⇔ 港(他のシステム)⇔ コンテナ(構成要素)
以前の焦点は、次の関係に向けられていました
海(他のシステム)⇔ 貨物船(システム)⇔ エンジン(構成要素)
船舶(貨物船)を中心に海とエンジンの関係に注力していました。
現在は、貨物を中心に港とコンテナの関係に焦点を当てています。
焦点が船舶から貨物に変わることで、課題が「港での貨物の滞留時間を短くする」ことになりました。
これは大きな認識の変化になりました。
認識の変化
「第4章 ギャップを探す|第二の機会」では、認識ギャップについて次のように述べられていました。(参考文献2)
『産業内部の者が、現実について誤った認識をもつとき、その努力は間違った方向に向かう。』
「船舶(貨物船)を中心に海とエンジンの関係に注力するべき」という誤った認識から「貨物を中心に港とコンテナの関係に焦点を当てるべき」という正しい認識に変化しました。
貨物を運ぶことと、貨物を積み込むことを分離することで、コンテナ船というイノベーションが生まれました。
リソースの活用
コンテナという既存の技術をリソース(資源)にして、コンテナ船のイノベーションが行われました。
イノベーションとは、新しい価値を生み出すことです。
画期的な新技術を用いた技術革新だけがイノベーションではありません。
既存の技術をうまく使って「新しい価値を生み出す」こともイノベーションといえます。
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関連書籍
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参考文献
P.F.ドラッカー『イノベーションと企業家精神【エッセンシャル版】』の「第2章 イノベーションのための七つの機会」
P.F.ドラッカー『イノベーションと企業家精神【エッセンシャル版】』の「第4章 ギャップを探す|第二の機会」
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