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意思を言葉にする

これは、阿部広太郎さん主宰の「企画でメシを食っていく2023」、企画メシ2023についてのnoteです。
ジャーナルライティングとして、講義で感じたこと、考えたことをここに書き留めます。

言葉を書くことは、好きだった。

私は小さい頃から言葉が好きな子供だった。特に、自分の気持ちを言葉にすること、伝わるように言葉を選んでいくその工程が好きだった。
何かを人に伝えたときに「そうそれ!そういうことなの!」と言われると、言葉を使える動物でよかったと心から感謝する。

第一回は、「言葉の企画」。

そんな言葉が好きな私が受けた第一回は「言葉の企画」。私は言葉が好きだけれども、言葉が好きなのと、言葉を企画するのは訳が違う。そんなことは課題に手をつけた瞬間からわかった。なんか言いたいことがぼやけているような、「これ…本当に伝わる?」みたいな感覚。そんな感覚があった。けど、それが言葉なのか、ビジュアルなのか、そもそもその根幹にあるものなのかわからなかった。

意志を言葉にする

講義の中で、ぼやけているように感じたのは、そこに意志を感じなかったからだと気がついた。意志が言葉になっていなかった。そして、そもそも意志がぼやけているんじゃないか、そう感じた。
意志はパワーであると思う。講義の中でも「意志を言葉にすると求心力になる」とあったが、意志は力だ。そして、意志が力になるとき、その意志はある方向へ光を向けているべきであり、その光こそが言葉だと思う。意志が方向を指し示し、言葉が光となる。そして、その光で照らされた場所へ人が集まる、その方向へ人が向かっていく。そんなイメージを講義を振り返りながらしていた。

意志の正体


私の意志はなんだったのか考える。私の意志、それは無意識の中にあった過去の経験が鍵だった。
私が提出した自分の広告は、「ここはあなたの飛行場。桂子です。」だった。私が飛行場だと自分が思うようになったのは、正直なところ明るい話がきっかけではない。

私は昔から人の感情を読み取るのが人一倍得意だった。人の言葉や行動はもちろん、その仕草や目の動き、体の向きからその人が今何を考えていて、何を言ってほしいのかがわかる人だった。いつも相手にとってベストに近い言葉を渡すことができる。だからこそ、私の周りには私に話を聞いて欲しい人や相談に乗ってほしい人が集まった。私はそれが嬉しかったけれど、私はその結末を知らなかった。簡単にいうと、私はどうしたらいいだろうとこねこね練っているときにそばにいる人で、それが解決したときには喜びを一緒に分かち合わせてもらえる人ではなかった。みんな私のところへ来て、気がつくと離れていっている。困ったときの羽休めの場所、さながら飛行場のようだと思っていた。

一時期はそれを苦しく思ったこともあったが、今はたった一人 病める時も健やかなる時も共にいてくれる相手がいれば良いと思う。そしてなにより、その「飛行場」は私の名前の「桂」のようだったから私はそんな自分が好きになった。
「桂」は中国ではモクセイ科の木のことを示し、日本ではカツラ科の木のことを示す。どちらにも共通しているのは、香りが良いこと。いい香りは人を惹きつける。そして和ませる。それでいて、カツラ科は丈夫な樹木、建築材や家具にも使われるそれは人々の日々を支えている。そんな「桂」の字、そんな字が入った私。

はじめは嫌だった飛行場も、そんな桂の字を体現しているような気がして、そんな私にしかできない私のことが気がついた頃には大好きだった。

そんな、書かなかった、経験していたこと、そこからなんとなく思っていた自分にとっては当たり前だった無意識。そこに鍵はあったのだと、振り返りをしながら考えた。

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第1回の企画メシ。
ずっと「今じゃない」と逃げてきた、そんな場所。
企画メシはずっと前から知っていて、行きたいと思いつつも、「今じゃない」と思って言葉通り逃げてきました。それでも、いろんなものを失って背負うものがなくなった24歳の5月、「遅すぎることなんてないよな、今がこれからの中で1番早い瞬間だし」と思ってエントリー。正直、手が震えました。届け!それだけでした。
だからこそ、「あなたの気持ち、伝わりました」という言葉に涙が出た。そして、ここがスタートだとも思った。2023年の目標は、「私がなれないと思っていた私になる」。私は私をみくびらない。みくびりたくない。
ここからあと何回もある企画メシ。一回一回を糧にしていきたい。全てを糧に。

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