台本/0:0:3/京都の魔 賽
場所は京都の西院。平安京の西の果てではあるが、現代は大通りが交差している。今日も今日とて生活用品の買い出し中に、一日で起こった凶行と巡り合わせで異界を垣間見る。
無:ねえ。
A:……誰?
A:(M)声をかけられたことに慌てはしなかった。なぜか、自分にしか見えない、聞こえない、例えるなら死神のように思えたからだ。
無:君、そのままだと死ぬよ。
A:……そのつもり。
無:死んだ後も辛い思いをするよ。
A:今よりも?
無:さあ、今の君がどれくらい辛いか知らないからわからないけど、そうだね、あ、聞いたことがある。終わりのない刺身のたんぽぽ乗せくらいは辛いんじゃないかな。
A:なにそれ。
無:終わりのないものっていうのはね、どんなに簡単で楽そうに見えても辛いものなんだよ。
A:じゃあ少なくとも今の辛さはなくなるわけだ。
無:今の君の辛さは本当に永遠に続くものではないと思うけれど。
A:今耐えられないから、こうしてるんだよ。
無:それじゃあ仕方ないね。
A:通報するの?
無:して欲しいの?
A:ここまで来て、後に引けないよ。引いても地獄。
無:ふうん。地獄、か。……例えば、どんな?
0:昼/定食屋
飛鷹:箸が止まってるぞー、食え食え。今日は奢りだからな。西院駅横の定食の唐揚げがうまいんだこれが。親子丼も捨てがたかったが、今日は唐揚げ定食で正解だな。……おい、別に生臭が好きじゃないってわけでもないんだろ、どうしたんだ?
無:死ぬより辛い苦しみってなんだろうね。
飛鷹:はあ?そんなもん天秤に乗せるものが間違ってるんだよ。死ぬのは死に方、苦しいは苦しさ。比べるのは同じものじゃないと比較できんだろうよ。苦しい後に死ぬやつもあれば死んだ後に苦しいやつもいるんだからな、坊さん的には。
無:……!
飛鷹:どうした?
無:まともなこと言ってる。変なもの食べた?
飛鷹:美味いもんは今食ってるだろ。
無:美味しいものって怖い。
飛鷹:……食わないんなら食うぞ。
無:いただきまーす。
飛鷹:おう、前置きはともかく素直でよろしい。後で駅前の電気屋寄るからな。どうも最近B-CASカードの読み込みが悪くてかなわん。
無:そうだねえ。美味しいものは美味しいうちに食べて、悪いものは取り替えないとね。
0:夏の暑い道
A:(M)茹だるような暑さの中、ゆらゆらと汚れた制服で家路を歩く。できる限りのことをしてきた。嫌いだったけど、表向き仲良くしようとしてきた。継母とも、学校の連中とも。愛想笑いを浮かべて、抵抗せず、受け流して、嘘をついて、笑って、同じことをして、うまくやってきた。あいつらの思い通りの人形になって、人形遊びに付き合ってやっていたんだ。なのに、継母は母の形見の指輪を見つけると私に黙って持ち出し、何処かにやってしまった。金目のものはいくら隠そうと次々と消えていった。そして悪びれもなく振る舞っていた。
A:学校の連中はある日突然、今までうまく立ち回ってきたのに、全ての首謀者にされていた。学校での立場はなくなり、次のオモチャにされていた。人形遊びでは物足りなかったらしい。少なくとも三人、リーダー格がいた。首謀者以外は無罪というように示し合わせたように教師も、犯人は何をされても仕方がないと見て見ぬふり。継母は泥棒の癖に道徳を説くふりをしつつ嫌がらせをしてくるようになった。自分の責任にしたくない、自分がこのように育てたんじゃない、前の女が育てたんだと。
A:よくある話だ。だけどよくある話に耐えられなかった。
A:だから。
0:暗い林
A:(荒い息)一人目。
無:初めてにしては上手くやったね。後ろから肺をひと突き。即死ではないにしてもまず助からない。
A:この林なら簡単には見つからない。次も、早く、上手くやらなきゃ。みんなに気づかれない間に。
0:昼
飛鷹:家電製品を選ぶにしても新しければいいわけでもないからな。初めてなら特に安定したものを選んだほうがいいんだが……。
無:初めてならやっぱり安定したほうがいいよね。扱いやすくて取り回しのいいやつ。
飛鷹:お、わかってるねえ。値段もそこそこで……このあたりかな。スペックも機能も問題なさそうだ。まあなんだ、スペックなんてよほど特別じゃないと大して変わらないから費用対効果がよくないとな。今の時代、こだわらなければどれでもいい場合がほとんどなんだが。
無:人もそうだよね。なのにみんな選ぶ。死んじゃえばみんな大して変わらないのに。
飛鷹:死ぬまでこき使うようなこと言うなよ怖いな、ほどほどが一番だぞ。
無:死んでからの方が無駄にこき使われるかもしれないけどね。
飛鷹:俺は真っ当に生きてるとは言えないからそこは仏様次第だなあ。くわばらくわばら。
0:薄暗い路地
A:二人目……。は。なんか、思ったよりも簡単に死ぬんだ。人形みたいに……重い。
無:今度もずいぶんスマートだったね。まだ一人目がどうなったか知られてないから何も警戒されていなくて簡単だった。
A:そう、簡単。こんなに簡単だったんだ。もっと早くこうしておけばよかった。
0:昼
飛鷹:ルーターも買ったし、快適なWi-Fiが戻ってくるな。それにしても機械系が壊れすぎな気がするんだが……お札でも貼っておいたほうがいいのかねえ。すっかり俺もこっち側に染まっちまった気がするな。
無:えー、そんなことないと思うなぁ。割と表を歩いてるほうだよ。
飛鷹:家業的に表ってことはないだろうが、まあそっちと比べると比較対象を間違えている気がするんだが。
無:あと、見慣れているかもしれないけど、裏っ側は一人のど素人が起こしていることだって多いんだからね。
飛鷹:そんなこと言ったら全国津々浦々百鬼夜行が起きてないか?
無:ここどこか忘れてる?一応だけど謂れのある場所が多いんだからね。今はコンクリートの下に埋まっているけれど、いろんなものが古く長く最近まで続いているんだから。
飛鷹:また何か起きそうなこと言うなよ。
無:八月だよー。色々起きるに決まってるじゃない。
飛鷹:あー、やだやだ、そもそもなんで俺が関わる前提で話しているんだよお前は。
無:僕と一緒にいるし。
飛鷹:やだその説得力。
0:家
A:三人目。
無:家で正面から口を塞いで全体重を乗せてひと刺し。その後は謝ろうが何しようが滅多刺し。恨みが出る余裕が出てきたかな。
A:わかったんだ。人形だから。こいつらみんな、人形なんだ。みんな、殺される前に同じ反応するんだ。
無:ふうん、人形か。そうかもしれないね。ずっと君が徹してきた人形。なら彼らも立場が入れ替わったなら人形だ。
0:夕刻
飛鷹:しっかしまあ、夕方になっちまったな。今日も暑いねぇ。焦げちまいそうだ。真夏に出歩くもんじゃないな。しかしここが西の果て、佐井通がお前が外に出られないぎりぎりの果てなんだったかな。何もないごく普通の大通りって感じだが。
無:うん。そうだね。それに、そろそろだ。
飛鷹:……今、不穏なこと言わなかった?
無:言ったよ。
0:実家
A:お父さん、この女がお父さんに相手にしてもらえなくて寂しかったから私に冷たくあたったって信じたの?正直に言い合ったから仲直り?あははっあはははっ……やっぱりみんな人形だからわからないんだ。人形ごっこを終わらせる!
A:(M)戸惑って何もできない男を放っておいて、継母の息の根を止める。もう何回もやってきたし試した。これで終わり。仕上げだ。階段を登る。あらかじめ壊しておいた鍵を乱暴に開け、夏の暑い空気が体を部屋に押し戻そうとするのを押しのけ、沈みつつある夕日に目を細めた。そのまま四人を刺し殺したナイフを体に向けて落下する。ああ、ようやく終わる。
0:交差点の景色が一変するが、誰も反応していない。
飛鷹:っ!層がズレた……?道路が消えた……?川が流れている?河原?誰も反応してない……?
無:賽の河原に繋がったんだよ。一度に四人、親不孝にも先にお亡くなりになったお子様がいたからね。ほら、石がいっぱい積み上げられてるでしょ。
飛鷹:賽の河原ってあれか、親より先に死んだ子供が延々と石を積み上げては鬼に邪魔されるっていう。お前、今日ちょっと変だったけど何かしてたのか。
無:何も。ただちょっと眺めていただけだよ。その件は明日になったらニュースにでもなってるんじゃないかな。ところでたんぽぽをお刺身の上に載せる作業を不眠不休で一生続けるのってどう思う?
飛鷹:死んでもやりたくないな。いやこの場合死んでからか。
無:やりたい人がいたんだよね。お盆に近いからかな。向こうとつながりやすくなっているのかもね。
飛鷹:対策は。
無:鬼に見つからないようにすること。間違えて連れていかれちゃうかも。
飛鷹:はぁ?鬼っつったってどこにも誰もいないだろ。
無:目を凝らしたら形は見えなくても存在はわかるはずだよ。
飛鷹:……とにかく積み石の陰に隠れるしかないんだが、ってあっちの崩れたぞ……何だって急にこんな状況になったんだ?
無:子供が連続で同級生三人と継母を一日で殺害して自殺したのを観察してたからかな。
飛鷹:はあ?お前が近くにいたからじゃないのか、それ。
無:あは、そうかも。
飛鷹:絶対そうだろ、とりあえず河原から離れれば……ぼんやりしていてどっちかわからんな、くそ。
無:まあ大丈夫だよ、もうすぐ閉じるから。こんなの地元の神仏が放っておかないよ。ここは高山寺、*西院之河原《さいのかわら》。子供専用だからね。いくらコンクリートに埋められようとも賽の河原はここにあるし川も流れているんだ。そもそも埋まるようなものでもないからね。
飛鷹:いやに饒舌だなお前。それにここから出られないってことは……いや、詮索はやめておくよ。
無:積み上げても無駄なものを積み上げ続ける理由がなくなれば、そりゃ止めるよね。
飛鷹:ま、そりゃそうだ。
0:賽の河原
A:死んだ?そうだ。死んだ。死なないわけがない。あいつらを道連れにして死んだ。あの死神が言った通り。満足感がある。残ったのはあの何も理解していない男だけ。ここは、どこだ。どこかぼんやりとした、河原……そうだ。石を、積み上げて、積み上げて、積み上げて……どうするんだろう。そうだ、ここから出るには石を積み上げないと。
A:そうだそうだ、石を積み上げないと。また崩される前に積み上げないと。積み上げないと、積み上げないと……。あいつらが笑ってる顔を積み上げる。許せない。
A:また崩された。積み上げないと。積み上げないと?そうだ積み上げないと。積み上げないと……。
0:雑踏
飛鷹:戻ったか。雑踏に安心を感じるとはなぁ。
無:戻れたねえ、ヒヤッとしたよ。
飛鷹:まあ、なあ。
無:あ、何か悟ったような顔してる。
飛鷹:こんだけお前が関わったんだ。それなりにわかることもあるさ。どっかのバカが抜け穴使ってお前を引っこ抜いたってだけの話だろ。
無:うわ、無駄に察しが良くてムカつく。