PDナチュラルのクィアが70年前の革ジャンに合う革靴を探した記録
1. レザージャケットを着たい
レザージャケットが好きだ.理由は大きく分けて2つある.
第一に,レザージャケットが背負う文化である.映画『乱暴者』におけるマーロン・ブランドのダブルライダースに象徴される,モーターサイクル愛好者のコミュニティ,その文化と音楽が融合することによって生まれたロックンロールとの関係,そしてBDSMやその周辺のクィア文化(「非主流」なセクシュアリティ)とも,レザーは縁が深い.これらの文化に携わる人々によって,レザーは主流文化への抵抗の象徴,また男性性の表現とみなされ,ときには未知の肉体的快楽を冒険する足掛かりとして語られることもある.これらはことごとく,筆者が強く関心を抱く事項である.言い換えると,筆者の関心領域はことごとくレザーを共通項として持っている.
第二に,筆者の「イメコン」要素とレザーの親和性である.筆者は各種「イメコン」において,「骨格ストレート・ブルベ冬・顔タイプクールカジュアル・PDナチュラルファッショナブル」と診断されている.それぞれの解説は省くが,まとめると「厚く硬い素材」「暗い色」「シンプルながら男前な格好良さのあるデザイン」が似合う人間である.レザーアイテムは,容易にこの条件を満たしてくれる.もちろんスーツなどの上品きれいめなテイストでも,上記のような印象をつくることは可能だが,とくに普段着においてはレザー素材に頼らずにはいられない.
しかし,筆者にとって満足いくレザージャケットに出会えることはほとんどない.理由は3つある.
第一に,入手が容易でない.もっとも,レザージャケットがここまで人口に膾炙している以上,レザー「ふう」のジャケットはどんなブランドでも見ることができる.しかし,ある程度以下の価格帯のブランドでは,その素材のほとんどがフェイクレザーだ.筆者はレザージャケットに,マスキュリンな無骨さと,歴史を背負ったオーセンティックさを求めているのだ.見た瞬間にわかるほど安っぽい,フェイクレザーの質感にはがっかりさせられる.ブランドの価格帯を上げるにしたがいリアルレザーの割合は上がっていくが,主流は薄くて柔らかい羊革であり,いまひとつ力強さに欠ける感じがする.「入手が容易でない」と書いたが,つまり「筆者の好みである,牛革や馬革については入手が容易でない」ということである.
第二に,サイズが合わない.レザージャケットは,「規範的な男性としての身体」を持っている人間に向けてデザインされたものが多い.それこそ牛革を扱うような,オーセンティックでマニアックなブランド・商品になるほどこの傾向は強くなる.筆者は「規範的な男性」では(少なくとも)ないので,ここでおもいきりマイノリティとしての疎外感を味わうということになる.
第三に,色の問題.レザージャケットの定番色であるブラックは,ブルベ冬・顔タイプクールカジュアル・PDサブファッショナブルとしてはなんの問題もない.しかし,気を抜くと全身黒になってしまう現状は,「これでいいのか」と感じている.PDナチュラルの魅力を開放するために,アースカラーにも挑戦していく必要があるのではないか.たとえばブラウンもいちおうレザージャケットの定番ということになっているが,やはりブラックに比べると種類が少なく,選びにくい.
2. レザージャケットとの出会い
そのようなことを考えながら,ふらりと東京・千駄木のスキンズファッションの店に入ったのは,ことし10月の末日であった.
店の宣伝はこの記事の主眼ではないので店名は書かない(調べたらすぐ出てくる)が,英国サブカルチャーの影響を受けたオリジナルのボタンダウンシャツ,ポロシャツ,ハリントンジャケット,サスペンダー(というのがスキンズらしさ),帽子各種などを扱う最高に格好いいアパレルショップである.前日に公式Instagramで,「名古屋の中古レザー専門店(店主同士が親しい)が上京し,当店を会場としたポップアップを開催する」とのニュースを拝見し,見るだけ見ようと伺ったのであった.
店に入ると,しとやかなスキンズの店主と,陽気な中古レザーおたくの店主が出迎えてくれた.「小さいサイズはありますか」とおどおどしながら申し出ると,レザー店主はあるジャケットを即座に出してきた.
色はブラウン,襟もとにボア,袖と裾にリブがついている.筆者がそれに袖を通すと,店主は半分壊れかかっているファスナーを苦心して引き上げながら言った.
「1950年代くらいのやつかな」
耳を疑った.1950年代.いまは2024年.70年前のジャケットがいま筆者のからだを包んでいるのだ.
ファスナーが上がりきると,そのジャケットは筆者のからだにタイトにフィットしていた.筆者のからだのラインが美しく出ている.中古のレザージャケットを試着したことはいままでに何度かある.でもそれらはすべてオーバーサイズで,肉体を覆い隠し,骨格ストレートのグラマラスな魅力を塗り潰すようなものでしかなかったはずではなかったか.
かたちはもちろん,色も濃く鮮やかで印象的である.ベストカラーコム系列サロンでもらえるスウォッチ(つねに持ち歩いている)をその場で確認すると,ジャケットのメインカラーであるブラウンは,スウォッチにあるブルベ冬のブラックブラウンとほぼまったく同色だった.
きわめつけはこのボアだ.ラフでほっこりとした質感が,筆者のPDナチュラル力(ぢから)を全開にしてくれていると感じた.
「いま(筆者が)穿いてるリーバイスとの相性もいいね」とスキンズ店主が太鼓判を押してくる(デニム素材はPDナチュラルの十八番でもあり,制服のように穿いている).「倉庫の中に入ってたから,かび臭いけどね」とレザー店主が声をかけてくる.倉庫の中でずっとこのジャケットが眠っていたのは,筆者との運命的な出会いを果たすためだったのではないか? などと柄にもないことを考えてしまい,気がつけば,
「あの,これ,買います」
買ってしまっていた.
帰宅後,このジャケットについていろいろと調べた.
ネームタグには「SISLEY」とあるが,このブランドについてはほぼ情報が出てこなかった.ご存じの読者はご一報されたい.裏地はチェック柄だが,固有の呼称があるのかは特定できなかった.
形状は「G-1フライトジャケット」.1940年代からアメリカ海軍で採用されているデザインである.ボアは,気温の低い場所(インターミディエイトゾーン)での活動に耐えるためのものである.オーセンティックでメンズライクなファッションを追求していくとだいたいミリタリーに行き着くのだが,筆者がこのジャケットに一目ぼれしたのもミリタリー由来だからなのだろうか.なお,本家G-1は山羊革だが,このジャケットは持つとどっしりと重たく,きめの粗い表情からしても牛革製で間違いないだろう.これによってマスキュリニティが強調されている.
現代においてもっとも有名なアイコンは映画『トップガン』のトム・クルーズらしいが,筆者には50年代ロカビリーなどの,古典的なロックンロールファッションが連想された.
さて,これを使ってどうコーディネートを組むか.
ボトムスは最近寝るとき以外ずっと穿いているリーバイス501で確定だ.購入してから「穿いたまま風呂に入る」というクラシカルな手法で一度洗ったきりで,最近はかなり良い感じのアタリが出はじめている.
インナーはファスナーを完全に上げてしまうと目立たないのでなんでもいいだろうが,手持ちだと無難に白Tか,ネイビーのポロシャツを覗かせるのもおしゃれだろう.
問題は靴である.スニーカーも良いが,ここはレザーで素材感を合わせに行きたい.色もブラウン系で合わせたいが,持っていないのだ.ブラックと並ぶ定番色であるにもかかわらず,ブラウン系の靴が一足もないことは漠然と問題だと思っていたが,このジャケットと出会ったことで,購買欲がはじめてはっきりと煽られた.
3. 革靴を探す
そういうわけで,次の目標は「ブラウンの革靴を探す」こととなった.条件を2つ設定した.ひとつは,ブルベ冬らしいほとんど黒に近いブラウンであること.もうひとつは,伝統的なロックンロールへのリスペクトを表現できるようなデザインであること.たとえば60年代スキンズ,70年代パンクスを連想させるワーク・エンジニア系や,50年代ロカビリーや60年代モッズに寄せてきれいめなローファー,ブーツ.パーソナルデザイン的には,このあたりを選んでおけばなんでも問題ないだろう.
いくつか店舗を回り,試着した.以下,着画が数枚ある.
①レッドウィング:アイアンレンジャー・アンバーハーネス
か,かっこいい~.
レッドウィングはアメリカのワークシューズのブランドで,アメリカという土地に根差したカントリーミュージックやフォークとの関係が深い.もちろん,アメリカンなレザージャケットとの相性も異常に良い.これで色がもう少し深ければ言うことはないのだが.
余談だが,写真の背景(店の内装)によって筆者がめちゃくちゃ盛れている.ラギッドな雰囲気が筆者には似合うようだが,PDナチュラルの飾り気なさとPDファッショナブルの鋭利さが混ざり合うことによるものではないかと解釈する.
②ドクターマーチン:8ホール・ダークブラウン
みんな大好き,サブカルチャー野郎どもの永遠の味方マーチン.スキンズの代表的なブランドでもある.
PDナチュラルは過度な肌見せと小さな変化を苦手とするので,ジーンズはロールアップしないか,しても肌はなるべく隠す.しかし,このブーツの丈はやや長いので,思い切りロールアップできて楽しい.ただこれも色が明るすぎた.
③チャールズアンドキース:バックルストラップ バイカーブーツ・ダークブラウン
顔タイプ診断(クールカジュアル)で勧められた,シンプルで格好いいブランド.PDナチュラル的にはスエードはかなり得意である.色は深いが,やはりジャケットのメインカラーほどには達していない.また,値段が手ごろなぶん素材の合成皮革感が強いのも個人的に気に入らなかった.
余談だが,店舗が新宿ルミネエストのいちばん賑やかなエリアにあり,土日祝ともなると人がひっきりなしに訪れて店員が明らかにイライラしているので,平日の昼に訪れたほうがいい.
ほかにもいろいろな店を回ってブラウンの革靴を探したが,なかなか目当てのものは見当たらない.その理由は,先ほど述べた「好みのレザージャケットに出会えない理由」と共通していると思う.つまりサイズの問題である.筆者が求める,ブラックに近いブラウンの革靴はどの店でももっぱらメンズサイズ(おおむね25.0cm以上)の用意しかなく,筆者の足(23.5~24.0cm)には大きすぎる.いっぽう,レディースの革靴はニュアンスカラーや明るい色が多く,ブルベ冬には厳しい.おとなしくブラックで探せば1秒で見つかることは知っている.しかし,ここまで来た以上あとには引けないのだ.
頭を抱えながら各ブランドの通販ページを見ていると,ある発見があった.
「グレー」で色指定して引っかかるやつ,ほぼブラウンに見えるんだけど.
④クラークス:ワラチェルシー ・モールグレースエード
クラークスはモッズスーツに合わせてデザートブーツを買ったとき以来2度目の来店.60年代モッズ御用達のブランドであり,スエード素材の商品を豊富に色展開している稀有なブランドでもある.チェルシーブーツはデザートブーツと並んでモッズの代名詞的なデザインだが,筆者はまだ持っていなかった.
ジャケットを近づけると,たしかに「グレー」の名の通り青みを感じるが,引き離すとほぼ同色に見える.
結論からいうと,これは買った.ブランドイメージ,デザイン,素材,色,すべてに納得がいったからである.また,後日偶然気づいたのだが,モッズコートとの相性が良かった.
しかし,まだあきらめがつかない.チェルシーブーツはカジュアルからフォーマルまで幅広く対応するが,グレースエードではどうしてもカジュアルな感じが出てしまう.よりドレッシーな気分のときに使える,きれいめな表革のシューズがほしい.そう思いながら懲りずに各ブランドの通販ページを眺めていてひらめいた.
メンズの小さいサイズを扱うブランドを選べば,サイズとバリエーションの問題が一挙に解決するのでは?
欧米のフォーマルシューズのブランドでは,筆者のサイズを用意しているところはほとんどない.国産靴ブランドに焦点を絞ることとした.
⑤リーガル:21CLBE・ダークブラウン
購入した.文句のつけようがない非常に深いブラウンである.形状は,営業職でも履けそうなごく普通の内羽根ストレートチップ.60年代前半の初期モッズに通ずるクリーンな印象だが,PDサブファッショナブル的にはボリューム感や豪勢さが足りない.この大きさと色でウィングチップがあれば,それはその欠点を補った理想の商品に違いないのだが,なかった.コーディネートは全体で見ればいいので,顔周りをイヤリングなどで飾り立てれば問題ないと考える.
スムースレザーが上品な顔をしている.PDナチュラル的には,エナメルやガラスレザーではツヤが強すぎて派手な印象になるが,これくらいの輝きならちょうどいい.「スーツにとても合いそう」「これに合わせてスーツを仕立てるとしたら,どんなものがいいだろう」と帰宅しながら考えていた.靴を手に入れたら服がほしくなり,服を手に入れたら靴がほしくなる.無限ループだ.試着の旅はとうぶん終わらないだろう.
4. おわりに
くだんのレザー店主はパンクスへの造詣が深かった.ジャケットを矯めつ眇めつ店主は,
「パンクスはカネがなく,1万円を超えるレザージャケットに手が届かないやつも多いんだ.それでも,ライヴハウスにジャケットを着ていきたいから,彼らはリサイクルショップで安く買ってDIYしたり,先輩から譲り受けたりしている」
と語ってくれた.レザーは経年に強く,プロパーでは高価でも,人の手から手へと渡る過程で少しずつ価格を下げる.そのため,労働者階級によって長く愛されることができる.そのような特質をよく表すエピソードだ.経済的困窮のなかでも必死にレザーへの愛情を注いできた人々の生き様が,このジャケットにも詰まっている.祈りにも似たそれを,継承する意識で着ていきたい.
にしても,このジャケットを最初に着たパンクス,何歳で死んだんだろう.
お金ほしい!