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【fiction】似非

彼女は、もうすっかり忘れていた過去の恋人にばったりと会ってしまった。
もう二度と会いたくないと思っていたその人は、数年振りに再会すると人が変わったかのように穏やかな笑顔を彼女に見せた。

別れ際はあんなに傲慢で、彼女のすり減った心などに気づきもせずに、暴言をぶつけてくるような人だったのに。

焼けぼっくいには火が付き易いとはよく言ったもので、彼女とその人も例にもれなく燃え上がった。
「ああ、やっぱりこの人が必要だったのだ。」と彼女は思った。

しかし、その人は間もなく結婚を予定していた。
結婚相手の女性は焼けぼっくいの火が見る見る燃え上がっていくことに気づいて、自分から幕をひこうとした。
このまま結婚しても、誰も幸せにならないことがわかったのだ。

彼女は、立ち止まった。
果たして、自分がしていることはこれでいいのかと。
燃え上がったこの炎は、このまま燃やし続けていいのかと。
いや、燃え続けていくのかと。

胸のあたりがぎゅっとなるような、この人の甘やかな笑顔。
大好きだったこの笑顔は、自分のために向けられるはずのものではなかった。
何かの拍子でこちら側を向いてしまったけれど、お互いに過去を美化しただけのことだ。

彼女はもう自分でバケツに水を汲めるし、バケツじゃ足りなければホースだって握れる。
焼けぼっくいの火は長く燃え続けることはないことも知っている。

彼女は自ら蛇口をひねって、いきおいよく水を撒いた。
夏の終わりかけ。炎は消えて、小さな小さな虹がかかった。




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