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「鳴いて泣いて凪いで、」 #青い傘 企画小説
"あっ、いま大丈夫? 明日からの旅行なんだけど、熱が38℃から下がんなくて。自分の分のキャンセル料は払うから、ごめんねー!"
やけにテンションが高い友人からの電話を受けたのは、金曜日の夕方だった。
「えっ?……いや、部屋とか二人で取ってたじゃん、どうすれば良いの?」
会社なのに大きな声が出てしまい、私は慌てて立ち上がると、こそこそと隠れる様に廊下へ出る。
"んー、ホテルにメールしとくよ。それで一人部屋代金とか取られたら、私に請求してよ。全然払うし!"
「いや、全然払うし、とかじゃなくて、しょうがないけどさ、いまからキャンセルってできるの? 私ひとりで海外とか行ったことないよ」
"えっ、勿体ないよ! 行って来なよ、私もよく一人旅してるの知ってるでしょ。東南アジアは人もみんな優しいから大丈夫だよ。あー、タイ料理食べたかったぁ……"
「いや、だから、」
"あっごめん、頭痛いし吐きそう、ごめんね、私の分まで楽しんできて! お土産は何でもいいからね。インスタ更新してよね。じゃあ……"
「あ、ちょっ、」
非情にもプツッと切れた電話。立ち尽くす私をすれ違う人たちがちらちらと見て行く。旅慣れた彼女に全てお任せだったから、何をしたら良いかも分からないのだ。キャンセルって、前日でもできるの? もう17時半だけど、代理店の人ってまだ居るの?
「おーい、仕事終わってるなら帰れよ」
事務所から出て来た上司に声をかけられ、今週中が期限の仕事を残していることを思い出す。
「あっ、はい、もう少しだけ」
慌ててデスクに戻り、PCを立ち上げれば、埋めてね!と声が聞こえて来そうなほど真っ白な文書画面。
「……消えてる」
絶望感に支配された心と死んだ目。一から資料を作り直し、気づけば時計は19時を回っていた。
"お電話ありがとうございます。本日の営業は終了しました。平日は朝10時から19時まで……"
自動アナウンスに心をえぐられ、なす術もなく(正確には、分からず)途方に暮れた私は、翌朝7時に羽田空港で飛行機を待っていた。何故かその時「行かない」という選択肢は浮かばず、「予約されてるなら行かなきゃ」と真面目に思ってしまったのだった。
ーー降り立ったのは夏の空気が漂うプーケット国際空港。バンコクには一度行ったことがあるがプーケットは初めてだった。手配されていたタクシーの運転手となんとか合流し、拙い英語で、とりあえずホテルへ向かう。チェックインを済ませると、急にやけっぱちな気持ちに襲われた。
「……なんで私、今ひとりでここに居るの?」
無駄に声に出せば自分でもなんだか笑えてきて、とりあえず散歩でもしようかと思い立った。折角だし、インスタのネタでも探しに行こうか。それにしてもお土産まで要求するなんて、学生時代からの友人は図々しくていっそ可愛い。
「……歩いて行けるのかな」
地図アプリが指す海辺は徒歩15分。舗装されていない、砂埃の舞う道路。まあ、特に目的も無いし。と気ままに歩き始めてから、日傘を持ってこなかったな、と少しだけ後悔した。意味の解らない、時に怒号の様な異国語が飛び交う、灼熱の道を進む。不思議と怖くはなかった。
目が合うと皆微笑んでくる。
「コニチワ?」「ニーハオ?」
色の白いアジア人は日本人か中国人、という発想なのだろうか、勝率は五分五分だった。「コニチワ?」の方だけ「コニチワ」と、こちらも何故か片言で返した。正しいアクセントが逆に恥ずかしいなんて初めて感じた。
辿り着いたビーチは思ったよりも人がおらず、波の音がやけに大きく響く。圧倒的に独りだった。
海辺で黄昏ていると、このまま海に溶けてしまえる気がした。
「ねえ!おねえさん!にほんじん?」
浅黒い肌の青年が缶ジュースを片手に、無邪気に日本語で話しかけてきた。彼は勝手に隣へ腰を下ろす。
「とうきょう? ふくおか? にほんは、ゆきがふってますか?」
「……日本語、上手いですね」
「まえに、にほんで、はたらいてました」
「……そうなんだ」
彼の人懐っこさに絆され、ゆっくりと話を進めた。伝えようとすると、口調は柔らかく穏やかになる。こんな風に人の目を見て、伝わるかな、とかドキドキしながら話すのなんて、いつぶりだろう。曖昧で投げやりな言葉をぶつけた会社の後輩の顔がチラついて若干心が痛む。帰ったら、優しくしよう。
「なんで、ここにきたの?」
「……わかんない」
友達が来れなくてね、とか、キャンセルの方法が分からなくて、とは言えなかった。彼が立ち去ってしまうのが嫌だった。もう少し、ここに居てほしい。
体育座りで、膝の上に顎を乗せてぼーっと細波を眺めていると、途端に疲労感を覚える。責任のある仕事を任されて気負う日々。遠距離の恋人とも電話を掛けるタイミングがすれ違いすぎて、諦めたきり1週間が経っている。「SORRY」のスタンプが連なるトーク画面を非表示にしてしまったのは昨日のことだ。
「たまにいます、さびしそうな、にほんじん。あまり、はなしかけたりしないけど」
「……そっか、」
答えになりそうなフレーズの代わりに、涙が出てきそうになる。
不意に彼が手を伸ばした。
触れられるーー身構えて思わず目を瞑る。
……変化の無さに恐る恐る目を開ければ、行き場を失った指先が空を描いて、彼のTシャツの裾を摘んでしまう所だった。
「あの、」
「! あっ、はい」
「このすな、おとがします」
「えっ?」
「はだしで、あるいてみて」
彼はそう言うとサンダルを脱ぎ、海の方へ歩き出した。
「ね!あるいてみて!じぶんの、あしで!」
どんどん遠ざかりながら叫ぶ彼は、逆光でよく見えないけれど、きっと笑っている。
想像以上に騒めく波と、穏やかに暮れゆく夕陽のコントラスト。
砂は鳴いて、私は泣いて、気づけば風が凪いだ。
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こちらは文芸サロン「青い傘」内の企画に乗っからせて頂いた小説です。
・東南アジアを題材に2000〜4000字
・企画者のアセアンそよかぜさんが連作として、続きを書いてくださる
東南アジアには多少縁があるのでjoinさせてもらったのですが、毎年行かれてるというアセアンさんがどんな続きを描いてくださるのか、、、楽しみです☺️
企画参加メンバーのnoteはこちら👉
【追記】物語の続きを紡いでいただきました!
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