episode5 我、タネを蒔く《異世界で、我、畑を耕す☆》
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育苗箱で育てるタネを苗にする前に栄養剤を散布することは常識中の常識だ。肥しや栄養剤をやることにより植物の成長は速まる。
『なんならうちのの栄養剤を散布してから蒔いた方がいいアルヨ』
園芸屋<イーゲル園芸>《ツー・シンユェ》ことシンユェからのありがたいお言葉を頂戴される。しかし、野菜の肥料と《お花》の栄養剤は成分が違う以前に栄養剤と肥料は別物だ。
■■では、栄養剤は植物の生理活性を高めるのは「活力剤」という名称で販売されている。
アンプル剤などがそのまま使用するのに対し、この種の製品は水に希釈して使用するものが多い。
いずれにしても、活力剤だけでは植物に充分な栄養を補給することはできない。
活力剤を効果的に使うには、植物にとっての主食である肥料と併用することが必要なのだ
「活力剤」は人間の場合に例える場合、栄養補助食品のような役割をする製品なのである。
栄養が少なくて済む《お花》なら栄養剤で足りる。
しかし、食べることを目的とした熟成した野菜はしっかりと肥料を与え肥えた土でないと意味がない。
野菜を育てる畑にとって良い土とは「保水性」「水はけ」「通気性」の3点が良い土だ。
・苦土石灰
・混合堆肥
・肥料
この3点が揃った理想的な土しなければいけない。
いわゆる「団粒構造」だ
現段階は育苗箱の床土も、肥えた土を用意しなければならない。
したがって肥料の入手が、まずに必要となってくる。
『うちの店では現在、取り扱ってないアルヨ。ちょっと前までは森林組合が外れの森から肥料が採れる場所があるんす。組合の方が採掘してたアル。けどォそこは近頃、魔獣が蔓延って誰も近づけないアル』
肥料をこの世界で採るには、憲兵でも雇わないと無理そうだ。
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どうしようもなく生い茂った浅緑の雑草の空き地と育苗箱(大)(育成加速(小))を目の前に考え込んでいる。よって――我は育苗箱に野菜のタネを蒔くことを最優先にした方がよいだろう。
幸いにも旧式育苗箱(大)には育成加速ブースト (小)が付いている。
確証はないが、ブースト機能でタネを苗にすることは可能かもしれない。この育苗箱だと苗にし終えるまでで10日は掛かる。
それまでに、雑草だらけの空き地の問題をどうにかすればいい。あの憎きカヤツリクサやインキ草、そしてかつては大樹だった慣れ果て《切り株》をどう始末するかだ。
最終的には解決しなければいけない問題だという結論に達する。
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午後になると、喫茶店《常盤木亭》の客も盛んになる。したがって、我はミツハさんの指示で、厨房から出てくるお料理を客席までせっせと運んでゆく。昼時のお客さんは、何故か激辛メニューがお好きなよう。
ドロドロとした入った赤みのある麺や魚や肉料理を注文する輩が多い。
「スパイシーチキン特盛できたよ。熱いから気を付けて運んで行ってね」
「はいよー」
これは野生の鳥の特大のチキンステーキだ。重量もそこそこ。落とさないように、テーブル席Aの騎士っぽい人に、
「お待たせしました。スパイシーチキン特盛です」
と難なく運ぶ。
すると、テーブル席Cとカウンター席の方から呼び鈴がなり注文を取りに行く。
「はいそこー、テキパキ動いてねーっ!!」
結構な頻度でミツハの喚起の声が飛んでくる。我を圧殺するかのようなお客の目線でお料理運びに心血を注ぐ。
従業員が二人しかいないというのが致命的だ。
けれども、我が来るまで一人で調理、接客をしていたミツハは、豪胆な人柄が窺える。
午後14時を回れば、めっきりと客足は減ってくる。
その間に、まかない飯でゆっくりと昼食を取ることができる。
肉厚のステーキにドロドロとした赤いタレ。――何の肉なんだろう。
赤いタレは辛いけど、旨いな。
「この肉は牛肉なのか? タレは唐辛子で合ってるよな」
「あ、これね、魔猪の肉ですよ。タレは肉食鶏の生き血を加工したものでね」
豪快に汗を流して、フォークを片手にバクバクと食べるという行為に奮闘している。
ミツハが手を止めて、さらりと背筋に戦慄が走ることを述べている。
魔猪……? 肉食鶏って? ところどころでツッコミどころ満載だけど、生き血って辛いんだ……。
「お口に合いませんでしたか……?」
「ええっと美味しいけど……、いや、なんでもない」
日本でも猪肉は業務用■■■■の片隅に陳列されていた気もしないでもない。ボアミートだっけ。猪の肉は、食べたことは今までなかったが生臭い気がする。
「しばらく客足は途絶えますので、ヤサイ作りのお手伝いなら多少で良ければ尽力しますよ。イクビョウバコにタネを蒔くのでしょう? 是非、私を使ってください!!」
「なら新鮮な水の確保をお願いします」
こちらに姿勢を向き直しペコリと畏まる。とミツハの申し出を受理するのだった。
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裏庭で一輪車にそこらを掘り返した土を持ってくる。《イーゲル園芸》で買ったアンプル剤を加える。お花用だが何も入れないよりはずっとマシなことを知っていた。でも何故、記憶喪失なのにこんなにも知識があるのだろうか、ふと疑問に思った。
「ミツハさん、今からあなたは我の助手です。育苗箱に均等に土を盛り込んでください」
「はい! 先輩、了解です!」
ミツハは、スコッブで均等に土を盛り込んでいく。栄養剤をたっぷり咥えたし、ボロじょうろ(物置にあった)で適度に水もかけたし、これで作物の苗になるまで育成するだけだ。
苗にするというとは、どの野菜もここから始まる。実が成っては次第に作物は種を残し枯れる、――始まりと終わりは全て《種》なのだ。始まりの種は我の手にある。
異世界で通用させて見せるという強い意気込みがそこにはあった。
「タネは我が蒔きますね。これはトマトという野菜のタネなんですよ、赤い実が生ってサラダにすると美味しいのですよ」
我は育苗箱にトマトのタネを条蒔き、そっと土を被せる。
発芽したら間引いて苗と苗の感覚をゆったりと開けて育成させるのポイントだ。
「ふーむ、ここから生えてくるのですね。肉食鶏の心臓のような味がしそうで美味しそうです」
「次はナスね。紫色の細長い実が生って、それを焼いたり揚げたり、助手の得意料理、激辛ナスいわゆる麻婆にしても旨いんですよ」
「激辛は好きですぅ! 是非メニューに付け足させてください!」
例えが斜め上をいっていて、コメントのしようが無い。つか、肉食鶏ってどんなの?
ミツハは、その場を壮烈に飛び上がっては、嬉しそうに満面の笑みだ。――、猛烈にメニューに付けたがっていた。
我はナスのタネを蒔いた列から0.5~0.8センチの幅をあけて同じように3列ほど蒔いていく。そして、我は荒れ地から採ってきた竹を取り出す。十二分にしなっていていい竹だ、グッジョブ!!
「ここでだ、我が用意した撓り(しなり)のいい竹を使う」
「それビニールをかけて、トンネルを作るのですねェ! 温室は、《お花》の生育を助けると聞きましたっ!」
野菜作りに《ビニール》を被せたトンネルは、農業の基本だ。トンネルは、寒さ除けや鳥など被害を防止する効果がある。特に寒い地域ではトンネルは必須だ。
「ご明察、ハウスを作るときはビニールを張るには紐で押さえる必要があるから竹をさしたところに二本の棒切れを使うことを覚えるといいよ。時期が来たら教えるけどね」
我の口元が緩みニヤリと一笑する。
黄昏の刻、種まきは、順調にスタートを切ったのだ。まずまずの結果を残せたので今日は十分といえよう。今は野菜を作ることしかできないが、いつか野菜が出来たらミツハさんにも野菜の調理法を教えていきたい。
夕時になれば、夕飯を食べにお客がわんさと飛んでくる。やるべきことをこなして明日も頑張る、それは我の生き様だったのかもしれない。異世界転生した意味は分からないが、それがいつか分かる日が来ると信じて、今日も熱く生きる。
そして我らは《常盤木亭》店内で今日お仕事を終わらせにかかる。
夜のとばりはもうじきに下りようとしていた。
つづく。
次回予告:
そこには、ただ暗闇が広がっていた。
次回もよろしくお願いします☆