見出し画像

コールドスリープの先にあるもの:顧適「《2181序曲》再版導言」


あらすじ

2020年3月刊『莫比烏斯時空(メビウス時空)』所収。

これは「2181序曲」という本の再版に寄せて書かれた文章である。
2088年、冬眠から目覚めた「私」は「2181序曲」という本を手にするが、SF小説だろうと思い込み、読むのは後回しになっていた。「私」の目覚めた世界では火山の噴火によって大規模な災害が発生し、それどころではなかったのだ。原子炉の事故や暴徒化した人々の行為で、世界中の街は破滅に向かっていた。
ことの起こりは2024年。生物を眠らせ、長期間経過したのちに再び目覚めさせる技術はすでに動物実験での成功を収めていたが、中国国内では人間に対する実施が禁じられていた。しかし一人の少女が、がんにかかった祖母を冬眠させたいと微博(ウェイボー:中国のSNSの一つ)に投稿したことをきっかけに、国内でも冬眠に関する法整備が進んでいく。
人間の冬眠が現実味を帯びてくるにつれ、人々の立場の違いが浮き彫りになる。冬眠を支持する者、反対する者。あるいは商機と考え新しいビジネスを興す者。テクノロジーの進化についていけず取り残される者。社会は変革のときを迎えていた。「2181序曲」はそんな過程を克明にとらえた本だったのだ。
やがて「私」がこの本に寄せて文章を書いている理由が明かされる。そこには科学技術と未来をめぐる女性たちの物語があった……。

感想

当初はタイトルを見て、架空の本に寄せた文章という体裁に興味を引かれました。しかし読み進めていくと、その設定はかなりゆるいものであることがわかります。
というのも、本作では語り手が自身の置かれた状況を説明する際に初版「2181序曲」の前書きを要約することで同書の世界に入っていくのですが、やがて本文そのものの中から相当長い引用が行われ、語り手の言葉は(作中において)ノンフィクションである本文の内容と渾然一体となっていくからです。
通常、「刊行に寄せて」のたぐいの文章はその本をほめたたえたり、ちょっとした裏話や作者の素顔が見えるエピソードをさらっと綴るものだと思います。まじめに考えれば、長々と本文を引用しているのも「まだ本文始まってないんだけど、こんなに引用して大丈夫……?」と不安になりますし、ましてネタバレなんてもってのほかですよね。
そう考えると不自然な点が目につき始めるかもしれません。「刊行に寄せて」の文章を抜粋している、という枠組みにはあまりこだわらないほうがすっきり読めるように思います。
そこをクリアすれば、本作が架空の作品の中身と融け合う過程を楽しみながら、どんどん読んでいくことができます。
内容的には女性たちの物語であることが印象に残りました。冬眠をめぐって世論を巻き起こすのも、冬眠技術を発展させるのも、それに反対するのも、そして「2181序曲」を書くのも、皆女性です。
その点で、本作は便利なキーワードで切り抜いて解釈することがいくらでもできそうですが、それゆえ(下に書いた通り、ヒューゴー賞ノミネートで知名度が上がったため)これからなされるであろう評価の方向によっては、イメージ先行で「読者を選ぶ」作品に陥る可能性があるのではないかとも感じました。とはいえ、まずは虚心坦懐に読むことで、こうした登場人物で構成されている理由がおのずと見えてくるようにも思います。

作者について

顧適さんは1985年生まれ。2011年にSF雑誌に登場して以来、短編小説を発表し続けています。
作品には意表を突くアイデアもさることながら、物語の中に時折顔を見せるキャラクター「顧適」が独特な彩りを添えています。よりベテランの作家では、何夕さんが「何夕」という人物を作品に登場させることで知られていますよね。本作では「顧適」は語り手の親戚であり、そこまで前面に押し出されている印象ではありませんが、同じ作品集に収められた「基于冗余計算的愛情故事(剰余計算に基づくラブストーリー)」では「顧博士」が生き残って「阿適」が”医療ごみ”になるまで切り刻まれてしまうなど、二人に分かれた上に片方が衝撃的な運命を負わされています。
なお、本作は2021年の星雲賞短編部門金賞を受賞。2024年にはヒューゴー賞にもノミネートされました。
顧適さんの作品は、日本語では「生命のための詩と遠方」(大久保洋子訳/立原透耶編『宇宙の果ての本屋 現代中華SF傑作選』所収)や「メビウス時空」(大久保洋子訳/武甜静ほか編『中国女性SF作家アンソロジー 走る赤』所収)、「鏡」(大谷真弓訳/ケン・リュウ編『金色昔日 現代中国SFアンソロジー』所収)が入手可能です。