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古典擅釈(31) 至孝天に通ず『雲萍雑志』②

 さて、妹が毘沙門堂にたどり着くと、堂の内では赤々と火影が輝いています。
 いぶかしく思って中の様子をうかがってみると、二人の男が雨に濡れた衣類を焚き火に干しているのでした。
 彼らは実は盗賊であったのですが、十歳の娘は旅人だろうと思って、扉を開けて中に入りました。
 娘には疑いや恐怖を感じている暇などなかったのでしょう。

 賊たちが驚いたのは言うまでもありません。
 闖入者に身も心も凍りついたことでしょうが、よく見ると、幼い娘が一人、蓑笠姿で入ってきただけです。
 賊の心もやや警戒を解いたのでした。

 「雨夜の闇に、ただ一人こんな山奥にやって来たのは、連れと離れ離れにでもなったのかい」
 「連れはいません」
 「それじゃあ、どこへ行くつもりでこんなところに来たのだい」
 「この御堂の本尊様にお願いすることがあって、満願の今夜に詣でて来たのです」

 娘は男たちにかまわず、毘沙門像の前に進むと、一心に礼拝し始めました。
 その姿に目を遣りながら、賊はまた声をかけました。

 「麓の村から来たにしても、たいそうな道のりだ。
 いったいどんな祈願があってお参りするのだい」

 娘はしばらく何も答えませんでした。
 男たちが強いて尋ねると、娘は泣く泣くありのままを答えたのでした。 

 「姉様と二人で母様の世話をしているけれど、まだ年若いので思うようにいきません。
 父様は、先年、亡くなりました。
 その時に田畑も売り払って今はなく、その日を過ごす手立てもありません。
 姉様は都の人買いに身を売って母様を養いたいと言うけれど、私一人では母様を養いきれるものじゃない。
 母様も養い、姉様にも身を売らすまいとしても、頼る人もいないので、神仏を頼むほかありません。
 この御堂の毘沙門様に七日参りの願を懸け、この願いが叶わないなら、どうか私の命をお納めくださいと祈っているのです」

 さめざめと泣きながら語る娘の話に、賊たちも貰い泣きをするのでした。
 二人は顔を見合わせると、涙を拭いつつ、言いました。

 「さても孝行な娘さんだ。
 よく母を大切に思い、姉を大事にしていることよ」

 そうして二人で何かをささやき合うと、盗んだ金銀に衣服を添え、風呂敷に包むと娘の手に取らせました。
 そして、娘に蓑笠を着せてやりながら、このように言ったのです。

 今より母になほ孝養を尽くすべし。われら旅のあき人なり。不便に思ふまま褒美にこれを取らするなり。

  これからもずっと母に孝養を尽くしなさい。わしらは旅の商人だ。お前さんを気の毒に思うから、褒美にこれをやるのだよ。


 『雲萍雑志』は、娘の至孝の心に感じた毘沙門天が御利益ごりやくを与えたと人々は語り伝えた、と結末に記しています。
                             〈続く〉

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