ご飯屋さんでの新しい待ち方
ラジオを流すご飯屋さんが好きだ。
もしくは、たまたま好きなご飯屋さんがラジオを流すタイプのご飯屋さんなのか。
その日は春の陽気で、朝は気持ちのいい目覚めだった。
朝から散歩を済ませ、軽くシャワーを浴びたあと、お気に入りのブルーストライプが入ったシャツを羽織った。
美しい一日だった。
耳元で囁く藤井風の声に、脳がとろけて身体が揺れる。
昼前に、お世話になっている人と小一時間電話をした。
どうやら私は人生の大きな転換期に佇んでいるらしい。
私が思い描いていた夢に向かってもう一度歩み出す時が来たのか。
先の見えない未来を憂いて頭が痛くなった。
美味しいご飯でも食べなきゃやってられんで。
糖分を求めに歩き始めた。
街の中心地から離れ、15分ほどで目的地に到着した。
洋食の朝日の順番待ちの列に並び、もう一度春の陽気の中に溶けだしてゆく。
最後に朝日に並んだのは、もう4か月も前だった。
今日はどうしても朝日のご飯が食べたかった。
エネルギー補給にぴったり!とか言うとエネルギーバーのCMに使われそうな淡白な喩えだが、
からだ中のエネルギーが根こそぎ持っていかれて今にも気を失いそうなときに、(実際にそうでなくても、そんな気分のときでも)ここのご飯が食べたくなる。
今日の胃袋は米とみそ汁を求めていた。
列に並んだその瞬間、ゆうさんがお店から出てきて、見つけてくれた。
「ひかりちゃん。」
お店を出るまでの間、何度も名前を呼んでくれた彼女の愛情深さに、思い出しても涙が出そうになる。
彼女の温かい腕の中で全てが許されてゆく気がする。
4か月間のつらかった出来事が思い出され、
それを乗り越えたことを実感する。
今日ここに来てよかった。と心からそう思った。
眩しい陽射しに目をすぼめ、
美しい一日を祝いながら、
ご飯にありつく至福の瞬間を心の中でよだれを垂らしてただひたすら待った。
やがて順番が回ってきて、カウンター席に案内された。
この横ならびの席が、全く知らない赤の他人の隣同士心の距離を少し縮めてくれるような気がする。
私のちょうど前で順番待ちをしていたおじいちゃんとお隣さんになった。
ふたりの間にほんのりと緊張感と、遠慮がちな心遣いが漂う。他人は他人ではなくなり、朝日のご飯とカウンター席を共有する仲間になる。
その素晴らしい共有された世界をヘッドホンで遮断するのは勿体ないような気がして、
耳から外してカバンの中に閉まった。
『時刻は1時43分。
FM COCOLO765は生放送でお届けしています。』
ふと耳をかすめた言葉に意識がうつる。
そういえば、私の大好きなイタリアレストランでも心躍る音楽がラジオ放送で流れていた。
ご飯屋さんに流れるラジオの存在を改めて知覚する。
いや、ラジオを流すご飯屋さんの存在、かもしれない。
ラジオもいいんだな。
流れてくる名前も知らない軽快な音楽に、なんだか定食屋とのアンバランスさを感じて笑みがこぼれた。
「はい今日は何にしますか。」
「あ、ブタヘレチーズと、、クリームコロッケひとつ追加で。お願いします」
私が頼む定食はいつも変わらない。
メニュー名を最後まで言い切らないうちに店員さんが復唱してくれた。
ここの接客は丁寧すぎない。
その素っ気なさというかあっさりさが逆に心地良かったりする。
そのまま、流れる軽快な音楽に耳を傾けなおす。
良いことを思いついて、携帯電話のSiriの設定をonに変更した。
電源ボタンを長押しし、ぽわんと出てきたそやつに聞いてみる。
「この曲なあに」
『少しお待ちください・・・』とSiriが言い、
3フレーズほど音楽を聴いていたと思ったら画面上にMusicの提案が上がってきた。
どうやらこの曲は『Just Between You and Me』
という曲らしい。
意外にやるなこやつ。
もう一度この機能を使いたくなったが、ラジオからはCMが流れはじめ、Siriの出番はしばらくお預けとなった。
なるほど、ラジオというのはご飯が出てくるのを待つまでの間の良い暇つぶしになるらしい。真剣にDJの話に耳を傾けるかどうかは個人の自由にすればいいし、やることがある人はBGMにして聞き流せばいい。
CMが終わって次の曲が流れはじめ、ここぞとばかりにSiriを起動する。
「この曲なあに」
新しい遊びを覚えた。
ちょっとだけ世界が広くなった気がする。
日常を面白くできるタネはいろんなところに存在するみたい。
この世は縁でできているらしい。
たまたま出逢った音楽をご縁と思って大切に取っておくかどうかは自分次第だ。
今度の曲は『Everlasting Love』
ここは喫茶店ですかな。何とも穏やかで心が軽くなる音だ。
ラジオも誰かの日常をポップに彩る役目をもつらしい。知らなかった。
そうこうしているうちにお待ちかねのご飯がやってきた。
不思議と待った気持ちにはならなかった。
最後の二曲は知っている曲だった。
よくよく歌詞を調べてみると、
この曲は失恋ソングのようで、PVもなかなかパンチが効いていた。
つい昨日「片思いの相手に彼氏ができて振られました。」
という旨の連絡をくれた後輩に是非聞かせたい。
店を出て、帰る前にもう一度ゆうさんが温かいハグをくれた。
世界は美しい。
今日は眼鏡をかけずに出てきたから、
世界はぼやけてキラキラ輝いて見える。
あまりよく見えない方が、美しく見えるものもあると言うだろう?
だから私は眼鏡をかけずに街を歩くのが、結構好きだ。
帰り道は、店を出る前に流れていた小沢健二のLovelyを聴いて歩いた。
貴方にも素敵な夜が訪れますように。
陽
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平日でも1時間程度の順番待ちを想定して行かれるといいと思います。
お並びの際は日焼け止めと水分補給も忘れず。
整列のルールにも協力するとお店の方も喜ぶと思います♡
ぜひ、ご飯が出てくるまでの待ち時間にはラジオも楽しんでみてください。
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