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真夜中のコーヒー

実家から歩いてすぐのところにコーヒー屋ができた。
なかなかオシャレとは程遠い地域なので、コーヒー屋があるというのはかなり衝撃的だった。

介護のため帰省するとちょうどプレオープン中で数日のみ営業していた。

黄色の外観と犬の絵の大きな看板。
コーヒーマシンとカウンター。こぢんまりしているのに手狭感のないスッキリとした店内。
瓦屋さんの展示スペースを改装した店舗で、内装には瓦で模様が描かれている。
壁に取り付けてある棚にはたくさんのコーヒー豆が瓶詰めしてあり、違う土地に来たような感覚。

タイミングが合うと看板犬のブブちゃんが出迎えてくれる。ワンちゃんが集まる人気店。癒される。

わたしはこの店へプレオープンの間ほぼ毎日コーヒーを買いに行った。

祖母はコーヒーが大好きだった。
実家の八百屋を営業中、祖母のそばにはいつもデミタスコーヒーがあった。
「コーヒー飲む人は?」
そう言って誕生日やクリスマスの際はケーキのお供にコーヒーを淹れた。

祖母のためにと言いつつ、息抜きも兼ねてコーヒーを買いに行く。
自分用にアイスを1つ、父と祖母用にホットを2つ。

持ち帰ったホットコーヒーをマグカップに移して、ベッド備え付けの卓上に置く。
水を飲むのも難しい祖母は大好きなコーヒーを飲めなくなっていた。

それでも匂いを嗅ぐだけで幸せそうだった。
「いい匂い。」
何度もカップへ顔を近づける。ふぅ、と息を吐く。
ツンとした鼻が綺麗だった。
窓を開け夏風に吹かれながら、自分用に購入したアイスコーヒーをずずずっと啜った。
数日後近くのコーヒー屋は本オープンに向けて一度休業に入った。


9月13日の夜。
祖母の呼吸の間隔が長く、呼吸をしていない時間が明らかに増えた。

父に伝えると、家族や親戚へ連絡を始める。
夜も更けて日を跨いだころ何人か集まって、思い思いに声をかける。手を握る。抱きしめる。
涙が出る。

家族に電話をするため外に出た。
夜中の町は街頭のみが光っていてとても静かだった。

少し先を見ると近所のコーヒー屋の明かりがついていた。
なんでこんな時間に、と思いながらも気付いたら財布を持って走って行っていた。
オープン準備のため作業中だった店主は突然の訪問に驚いた顔を向ける。

事情を話すと、たまたまマシン動かしてたから、とホットコーヒーを淹れてくれた。

自宅へ戻りコーヒーを祖母の顔の近くに持っていく。
匂いを嗅げているかはわからない。

一瞬顔が綻んだような気がした。


思い入れのあるコーヒー屋さんです。鹿児島に訪れる際はぜひ。

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