「論証例の暗記が不要」という言葉の真意

 自分のチャンネルで「論証例の暗記は不要」という意見を何回か表明させていただきました。しかし、これは本当の意味で、
「論証なんて全然覚えなくていい。」
という趣旨の発言ではありません。今回の記事では、その真意についていくつか区分けして解説をさせていただきたいと思います。

問題を解くという作業と分離して、論証例を覚える勉強はやめた方がいい。
 最低限覚えなければいけない論証例が存在することは事実です。しかしそれを問題を解くという作業と分離して行うのは厳禁です。覚えた論証例も正しい位置で使えなければ無意味どころか有害です。現に法科大学院入試でも、論証例の暗記ばかりしていた人が、完全にトンチンカンなことを書いている事例が多々見受けられます。こうなってくると、見えないはずのものが見えてしまう幻覚剤と全く同じ効果になってしまいます。どういう場面で使うべきか分からない文章をひたすら詰め込んでも無意味です。
「論証覚えてなかったら問題解けないだろ。」
と思うかもしれませんが、それは論証例を完璧に覚えてから問題演習をしても同じ話です。

条文が読めないOR当てはめができないのに、論証例を覚え続けるのはやめた方がいい。
 事例問題で出てくる問題に関しては、論点が出てくる問題が多い(条文の適当だけでは解決できない)のは事実です。(最近はそれも怪しいですが)しかし、あくまでも条文に当てはめるだけで事案を解決しなければいけないのが基本であることは忘れてはいけません。その基本が疎かになっている人がいくら論証を覚えても基本的に意味はありません。
 事例問題を解くにあたって、割とトンチンカンな論点を書いてしまう人がいることは①で解説した通りです。その原因は9割以上、
「条文から議論を展開していない。」
ということにつきます。あくまでも論点は序文から派生するものなのに、その順番が逆転している(論点が無いから条文を探す)人がいます。本来法律といえるのは条文だけです。そして条文の隙間を埋めるために論点や論証が存在します。その主従関係を逆転させてはいけません。
 また、近年の民法の事例形式の出題だと、条文の当てはめだけで済む問題が増えているので、条文軽視の姿勢が間違いなく問題になります。

理由付けを一言一句単位で覚えるのは時間の無駄
 論証例の定義の部分は確かに正確に覚えないと危険です。それに対して理由付けの部分は適当でも特に支障は無いです。(当てはめには影響しない)一部の予備校の採点では、予備校の論証通りに書かないと減点されるような採点なので、一言一句単位で理由付けを覚えるのに時間を費やしている人がいるようですが、そんなことに時間を費やしていると、ますます重要な部分の勉強(問題演習、他の科目の勉強)ができなくなります。特に鑑定士の受験生の場合、民法と他の科目の連動性があまり無いこともあって、民法一科目の勉強に時間を費やすのは得策とはいえません。不要な勉強に時間を費やすのはやめましょう。鑑定評価基準と違って、論証例の理由付けは公式の文章ではありませんし、その通りに書けば点がもらえる保証も無いです。(予備校の論証例の理由付けが酷評されているのは割とよくある話です。)

論証集は最後に使うべき教材である。
 「講義を聞き終わったらまず論証例を覚えて」
と考えるのは危険です。①で解説した通り、どの場面で使うかも分からない文章を詰め込んでも意味は無いです。あくまでも論証例は問題を解くと同時に刷り込むべきですし、論証例だけが載っている教材を使うのは避けるべきです。
 論証例集の出番は、
「一通り問題を解く力はついて、後は文章の精度をつめていくだけ。」
という段階になって初めて登場します。

テキストや答練の論証をフルに覚えにくのは間違い
 
近年の傾向からいって、まず難関論点は出ません。そして平均点から推測するに、基本的な論点であってもきちんと出来ている人は少数です。それなのに、難しい論点まで習得しにいくのは本当に自殺行為としかいいようがありません。(より基本が疎かになる。他の科目の時間も削られる。)
 
 

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