僕の内見物語
いま僕は、高校の同級生3人で暮らしている。
二子玉川駅から歩いて15分ほど離れたところ。
もうかれこれ3年半が過ぎようとしている。
4年という節目を越える前に、そろそろお互いひとり暮らしをしようかということになった。
引っ越しで一番難しいのが、住む場所だ。
まずは最寄りの駅を決めなければならない。
売れてない芸人と言えば高円寺や中野、京王線沿いあたりが多いのだが、僕は尖っているので皆が住むようなところには住みたくないという思いがあった。
そして、僕の拠点は渋谷・新宿・池袋あたりが多いので、この3つに行きやすい場所がよかった。
芸人が住んでなくて交通の便が良い場所、どこだ、どこがある、、、
、、な、中目黒だあ!!中目黒しかない!!
こんな安直な考えから、僕は中目黒に住むことを決意した。
このとき僕の脳内には、Aqua Timezの決意の朝にが流れていた。
中目黒に住むと決めてから、僕は家族やまわりの芸人仲間に「おれ中目黒に住むんよね〜〜」と息巻いていた。
別にまだ物件なんかなんも見ていないのに。
住む場所を決めただけなのに。
いざネットで物件を調べてみると中々良い物件がなく、というかどれも家賃が高く、とても僕の手が届くような家はなかった。
というのも、僕はいま光熱費込みで毎月38000円で住まわさせてもらっている。
なんならその38000円すらも滞納しがちな状態。
中目黒なんて住めるわけはないのだ。
でも、どうしても住みたい。
どうしても中目黒に住みたい。
だってもう息巻いてしまったんやもん、色んな人にドヤ顔で言ってしまったんやもん。
もう後に引く道なんて残されていないのだ。
あと、最近あまり聞かなくなったが、芸人は昔から家賃は収入のギリギリなところに住め、そうすると芸事も頑張って収入が増えるという謎のジンクスのようなものがあり、僕はそれを体現したいという気持ちがあった。
情報量が集まる都心に住み、生活と自分を追い詰めて震え立たせることによって、芸事も頑張れるという古からの教えを信じ、それをやってのけたいという思いがあったので、どうしても中目黒に住みたかったのだ。
どんだけ困窮しようが中目黒に住めば全てを変えれるという自信があった。
そして先日、ついに内見に行ってきた。
中目黒よりは安い祐天寺や学芸大、都立大前という誘惑を何度も跳ね除け、なんとか中目黒の内見にまでこぎつけた。
今回まわる物件は3つ、どれも中目黒駅から徒歩10分以内という好立地、家賃は7万前後。
今の家の退去日が迫ってきているということもあり、この3つの中から住む家を決めなければならなかった。
まず1件目は、エレベーターなしの4階。
家へ入ると、玄関に多数の小虫が死んでいた。
まあ小虫なんか気にしてちゃ中目黒には住めないので、見て見ぬふりをしてあげた。
家賃にしては割と広いし角部屋だし1階がハンバーガー屋だったので、内見前から僕の大本命のところだった。
だが、ひとつ気がかりなのが超線路沿いということだ。
僕は爆裂不眠症で、あまり音が大きいと毎日眠れない可能性がある。
なので、電車が通るときの音はいかほどのものか確かめる必要があった。
そして、いざ電車が通ると、笑っちゃうぐらいの爆音だった。
急に銃撃戦でも始まったのかというくらいの音がした。
身を潜める穴があったら入っていたことだろう。
不動産屋の人は「これくらいすぐ慣れますよ〜」と言っていた。
僕は、正気か?と思った。
そして2件目、次は2階建ての普通のアパート。
ワンルーム7畳でいたって無難でシンプル。
しかも、審査が激ゆるということもあり、芸人からするととってもありがたい物件だった。
だが、ここも気がかりな点がひとつ、契約更新が1年毎というところ。
しかも1年おきに家賃が3000円アップ(3年目からはアップなし)という、審査が緩いぶん足元を見てきているような物件だった。
初期費用も割と高く、アパートの外観は真水色で地下にお洒落レンタルスペースを配備しているという中々のイケすかない物件だった。
そして最後の砦、3件目。
ここは1階が大家さん宅で、2階も1つの部屋だけの古いアパートだった。
住むことになったら気まずいかもなあ、大家さんと上手くやれたらいいなあ、とか考えながら2階に上がると、扉は一つだけなのに、玄関にはなぜか201.202号室と書かれてあった。
ん?どういうことや?
恐る恐る扉を開けてみると、玄関の先に廊下があり、そこから201.202号室へと分かれた扉があった。
僕と不動産屋の人は目を丸くして立ち止まった。
おお〜なるほど〜〜玄関は共用で2部屋あるのか〜そんな情報聞いてないけどなあ〜先に言ってくれないとそういうのは〜〜。
さすが中目黒、タダじゃ住ませてくれないらしい。
しかも、よく見ると部屋に入る前の廊下部分に風呂とトイレがあり、どうやら風呂トイレも共用っぽい。
これはきついか〜と思いながら部屋に入ってみると、部屋の中は最高と言っていいほど完璧だった。
広くて綺麗で日当たりが良くて、何よりここに住みたいと思わせてくれる何かがあった。
でも風呂トイレ共用はきついな〜と思いながら再び風呂場を確認してみると、風呂場は使われた形跡がなく、消毒済みの紙が貼られていた。
ここで、不動産屋の人が名推理を発揮した。
「あ、これ、たぶん隣の人住んでないです!たぶんこれ隣は大家さんの物置部屋みたいになっていて人は住ませないようにしてるんだと思います!物件の情報に載っていないのもそういうことだと思います!」
ほほぉん、じゃあ物件の情報に隣は大家の物置部屋ですと書いてほしいけどなあ、一旦みんなで推理しなければならない物件てなんだよおい。
まあとにかく、住むとしたら2階は僕だけということになるので、まあ問題ないかということになり、僕はこの物件に決めた。
審査が通れば、晴れて中目黒ボーイということになる。
そして数日後、不動産屋から連絡が入った。
「すみません、隣にやっぱり人住んでました」
おいおいおい、名推理はどこいった〜話が違うよ〜。
そして、この物件の正確な詳細が明らかになった。
①向かいの202号室には男性が1名住んでいる。
②風呂は202の人は部屋の中に専用のがあるのでつかわないとのこと。
③玄関は共同、靴箱は左右で分かれている。
ほほぉ、そうきたかあ。
風呂は共有スペースにはあるものの、俺しか使わんのやなあ、ん〜、どうしたものか、なんか嫌やなあ。
ここで今一度おさらいをしてみよう。
まず1つ目の物件。
エレベーターなしの4階角部屋。
唯一の鉄筋コンクリートで、1階がハンバーガー屋。
だが、5分に1回銃撃戦の音がする。
そして2つ目の物件。
普通のアパートの2階の部屋。
シンプルで1番無難だが、1年毎の契約更新と上がる賃料、審査が緩いけどそのぶん足元を見てきている。
何より外観が真水色。
3つ目の物件。
部屋は最高に良い。
だが風呂とトイレが共有スペース(廊下)にある。
それを後から聞かされるという悲惨な事態。
この家にギャルは呼べない。
さて、どうしたものか。
難すぎやしないか。
かつてこんなにも難しい3択を迫られたことはあっただろうか。
色んな人に相談してみた。
本当に色んな人に。
みんな口を揃えてこう言った。
「むずいなあ」
そう、ほんとにむずすぎるのだ。
僕は何時間、いや何十時間も考えて答えをだした。
ん、んぅ〜、に、2件目!2件目のやつ!もう無難やしそこにしよ!2件目2件目!!
ということで2件目の物件に決意した。
このとき僕の脳内ではあの日以来の決意の朝にが流れていた。
元々、生活を追い詰めるために中目黒に引っ越すことにしたので、1年毎の更新とか3000円ずつ上がる家賃とか僕にとっては苦ではないという結論にいたった。
家賃が上がれば上がるほどやる気になり、早く売れてやろうという気持ちが芽生えるので、これで良かったのかもしれない。
まあ流石に程度はあるけれど、今回の家賃はその程度スレスレのところだったということだ。
審査もサクッと通り、来週にはついに引っ越しが待ち構えている。
中目黒に引っ越した瞬間に売れるかもしれないので、今のうちにみんな僕に恩を売っておいた方がいいかもよ。