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言葉じゃ説明できない一瞬


たまに思い出す、あの日のあの瞬間のこと。

あれは僕たち2人にしかわからない、僕たち2人の間だけに流れてきた不思議な感情。


小中がいっしょだった同級生と、東京で再会した。
1番仲が良くてずっといっしょにいた人。

中華を食べてから公園でたくさん話した。
約10年ぶりの再会は積もる話しばかりで、もう話しが積もりすぎて友達はギリギリで終電を逃した。
僕はちゃんと電車に乗ったのに。

次の日仕事で早かった友達はレンタルチャリを爆速で漕いで、1時間半かけて家まで帰ったらしい。


そして後日、またその友達と集まることになった。
というのも、友達が東京を離れ、地元の福岡に帰ることになったのだ。
東京に移動してきたばかりなのに早すぎやしないかとは思ったが、福岡に帰りたくなる気持ちは十分すぎるほど理解しているので、そのことについては何も触れなかった。

昼過ぎに集合。
韓国料理を食べてレトロなゲーセンで遊んで銭湯に行って居酒屋に行ってカラオケに行ってケバブを食べてラーメンを食べて、とにかく遊び尽くした。

最後に何をしようかということになり、僕がスナックを提案した。
友達はスナックに行ったことがなく、前から行ってみたかったみたいなのでちょうどよかった。

歩いていると渋めの看板を発見。
暖かいオレンジ色の背景に白い文字。
誰が見ても一発でスナックと分かる看板だった。

地下へと階段を降り、入り口を探す。
スナック百戦錬磨の僕は、臆することなくお店の扉を開けた。

「いらっしゃい」

70は過ぎているであろうママが優しい表情で出迎えてくれた。

店にはママと同年代くらいのおじちゃん2人とおばちゃんが1人。
カウンター席しかない小さなお店だった。

すぐにママともお客さんとも仲良くなった。
流石スナック百戦錬磨な俺といったところか。
いや、心地良い空気感を作り出してくれているママと常連さんの優しさのおかげだろう。

そのお店が神田川沿いということもあり、僕は南こうせつの「神田川」を歌った。
自分で歌っていて自分で沁みた。

神田川の歌詞が、赤い手拭いをマフラーにして、2人で銭湯に行って2人で帰る、そんな情景が幸せそうで、哀愁も漂っていて、スナックで歌うと余計に沁みてくる。

常連さんがポツリ、またポツリと帰り、気付けば店内は僕たち2人とママだけになっていた。

ここでママが「お仕事は何してるの?」と聞いてきた。
友達の仕事を説明し、あと1週間後に福岡に帰ることを伝えた。

ママが僕に「お兄さんは?」と聞いてきた。

僕は普段、こういう場面では芸人ということをひた隠しにするのだが、なぜか今日は言いたくなって、芸人であることを白状しようとしたそのとき、ママが「芸能系?」と聞いてきた。

さすがママ、年輪が違う。

芸人であることを言うと、ママは嬉しそうな表情を浮かべた。

もう営業時間を過ぎているのに、ママは僕たちに付き合ってくれた。
心地良い時間がずっと流れていた。


ほどなくして、もうそろそろ帰ろうかということになり、お会計をして席を立った。
ママが店の外までお見送りしてくれた。

僕とママはお店の外で顔を見合わせ、もう会うことがないような、今生の別れのような、言葉では説明できない不思議な感情に包まれ、一瞬だけ時が止まった。
そして、何かを悟ったように、お互いが同じタイミングで抱きついた。

また来ますとは言えなかった。

もう軽々しくこのお店には行けない、なぜかそう思った。
次くるときは売れたとき、そうじゃないと今日という思い出が台無しになってしまう。
ママも全く同じことを思ったと思う。
この子は売れるまでもう来ないなと。


「本当に頑張ってね」

「ありがとう頑張る」


そんな言葉を交わし、僕たちはママと別れた。


あの一瞬、抱き合う前のあの一瞬、2人にしかわからない、言葉じゃ説明できない一瞬が流れた。

何も話していないのに、2人が何かを悟る、そんな一瞬。

このことをたまに思い出す。

思い出してはお店に行きたくなり、売れるまで我慢と言い聞かせている。

あれは僕たち2人にしかわからない、僕たち2人の間だけに流れてきた不思議な感情。

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慶士
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