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フジイという男


小学校2年生のとき、物静かなやつと席がとなり同士になった。
右後ろの角の席、喋ったこともなければ存在すら知らなかった。

そいつの名前はフジイ、第一印象は「なんか鳩胸だなあ」だった。

フジイには友達が1人もいないらしい。
2年生になって図書館という存在を知るまでは、学校の一番の楽しみな時間は、昼休みが終わったあとの掃除の時間だったそうだ。

僕なら1年生の時点で義務教育をやめていそうなものだ。

フジイにいつもちょっかいをかけては、授業中によく怒られた。
僕がちょっかいをだすと、フジイは「だめだめ、怒られるよ」と真面目なことを言うが、フジイはすこぶる頭が悪かった。
僕の数十倍も頭が悪かった。
なんで真面目な方が頭悪いん、といつも疑問に思っていた。

フジイは習字を習っているのに、字がとてつもなく汚かった。
自分で書いた字が自分で読めないなんてことはざらにあった。

親友になるまでにはそう時間はかからなかった。

フジイとの思い出がたくさんありすぎてどれから話せばいいか、これは大変なことになった。

小2から小6までとにかくずっといっしょにいたフジイ、語っても語り尽くせない。

フジイはよくオリジナルソングを口ずさんでいた。
「夜の学校にはお化けが出るぞ♫ヤッホーヤッホーヤッホー♫」と言いながら登校してきたときがあった。
こいつはセンスの塊だなと思った。

フジイの家にはよく遊びに行った。

今にも崩れ落ちそうな木造アパートの2階。
まじで築100年レベルといったところだった。
部屋が4つあるのだが、部屋は全部繋がっていて、大きい一部屋みたいな感じになっていた。

僕はこの家がだいすきだった。
この家は僕に妙な落ち着きを与えてくれた。
おそらく、扉を開けっぱなしにして部屋を全部繋げているという暖かさが好きだったのだと思う。

家にはパソコンやゲーム機、マンガやDVDといったありとあらゆる物があった。
置いてあるものから、別に貧乏などではなく、本当にこの家が好きで、ここに住みたいから住んでいるということが伝わってきた。
おそらく家族の思い出の場所なんだと思う。
家はいつ行っても整理整頓されていて綺麗だった。

僕はこの家でよくギャグ漫画日和を読んでいた。
いつもどこまで読んだか忘れ、読みなおしているうちに日が暮れていた。

フジイのお母さんとお父さんはすごく若かった。
僕が最初に会ったときは2人とも30歳前後だった。

お母さんはすごく綺麗で明るくて優しくてノリが若くて気が利くとても良い人だった。
だが、若い頃は元レディースで、「サナギ」というチームの総長をやっていたらしく、それをフジイが嬉しそうにいつも話していた。
僕は毎回、初めて聞いたかのようなリアクションをしていた。

お父さんは物静かで虫も殺せなさそうな優しい人という印象だったが、仕事柄あまり会うことがなかったので、挨拶程度にしか話したことがない。

両親の他に、フジイは歳の離れた弟と、父方のお爺ちゃんと母方の妹と暮らしていた。
いやあの屋根の下で?5人いける?てかどんな家族構成?と思った方はいると思うが、フジイ家はそれすらも楽しんでいるようだった。
僕にはその暖かさが羨ましかった。

みんな良い人たちだった。

ある日、フジイが泣きながら家に来たことがあった。
フジイが学校から家に帰ると、両親が大喧嘩をして修羅場だったので急いで家を飛び出てきたとのこと。
もう戻れないかもと言っていた。

話しを聞いたあと、僕は大丈夫よと言って、フジイをおくった。

後日、両親は仲直りしたことをフジイから聞いた。

よかったよかったと安堵した。

あの日以来、フジイの涙は見ていない。


ある日、フジイと校区外に出かけた。
ショッピングモールに行きゲームセンターで遊んだ帰り道、草木に引っかかっている何かを見つけた。
僕たちが顔を近付けると、草や枝に絡まって暴れている鳩がいた。

僕たちで助けてあげると、鳩は辛そうにフラフラと歩きだした。
どうやら羽が傷ついて飛べないらしい。

するとフジイが「ぼく持って帰る」と言い出した。

いや待て待て、ここは校区外、チャリで30分はかかる道のりをどうやって持って帰る、てか鳩を持って帰るってどういうこと?持って帰ってどうするん?
とは思ったが、フジイがそんな突拍子もないことを言い出すのは珍しかったので、僕はその言葉に圧倒されて何も言えなかった。

フジイはおもむろにカバンからビニール袋を取り出し、鳩を袋に入れて抱えた。

フジイはチャリを漕ぐ、真っ直ぐな目で、片手離しで鳩を抱えて。

家に着くまでの間、僕たちはあまり会話をしなかった。
フジイが窮地に立たされているような危機迫る顔をしていたから。

鳩を抱えているフジイは相変わらず鳩胸だった。

鳩はフジイの家ですくすく育ち、羽も回復して飛べるようになった。
ある日の朝、フジイが「ピーちゃんを野生に帰した」と言っていた。

あの鳩、ピーちゃんって言うんだ、と思った。

小学校5年のとき、フジイが急に「ぼく中学生になったら剣道部に入る」と言いだした。
そのとき、こいつが剣道部なら僕も剣道部に入るんだろうな、となんとなく思った。

中学生になり、僕とフジイは本当に剣道部に入った。

僕はとにかく練習を頑張った。
道場にも通った。

中学から剣道を始めたやつらは15人くらいいたが、その中で1番強くなった。

そんな僕とは裏腹に、フジイは部活を休みがちになった。

どんどん疎遠になり、あまり話さなくなった。

中学2年生のとき、フジイと同じクラスになったが、たぶん一言も話さなかった。

何がどうなってすれ違いだしたのかはわからない。
部活を休みがちになった理由も聞いていない。

小学生のときは一生いっしょにいると思っていた。
だが、中学を卒業してから一度も会っていない。

高校生のとき、たまにチャリを漕ぐフジイを見かけたことはあったが、すれ違っても目すら合わなかった。

そのときもフジイは相変わらず鳩胸だった。


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慶士
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