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高尾山に登り、もうこれさえあれば人生にこわいものはないと思えた話 (後編)
前回までのあらすじ。
《前編》
今後の人生に悩んでいた僕は高尾山に登ることを決心してスポーティな同期に憤慨してマイナスイオンを浴びて愛するあの子に連絡してとろろ蕎麦を食べて夫婦の形を知って帰りにお土産買って帰ることにしていざ高尾山に足を踏み入れた。
《中編》
20年ぶりの山登りで洗礼を浴びて山失すぎるおっちゃんの健闘を祈って御朱印もらってスナックのママ思い出して女坂で山美見つけて山頂で力水飲んだあと失恋して違和感の正体に気付いてムササビにテンション上がってケーブルカーには二度と乗らないことを誓って下界に戻ってきた。
では、お待たせしました。
最終章、スタートです。
17時過ぎ、僕たちは2時間ぶりに下界に降り立った。
何か高尾山っぽいものを買って帰ろうかという話になり、目の前のお土産屋さんに寄った。
外からお土産をじろじろ見ていると、ゆっくり忍び寄るように、年老いた主人が近づいてきた。
僕は、身の危険を察知し急いで店内へ逃げ込んだ。
店内へ入ると、年老いたおばちゃんが暇そうに座っていた。
気まずかった。
気まずさを打ち消すように、僕は木刀コーナーに目をやった。
ふと振り返ると、同期がおっちゃんに捕まり、物凄い勢いで営業を仕掛けられていた。
年老いた見た目とは裏腹に、止まらない弾丸トークを披露され、同期はもう何か買わなければ帰れないなという顔をしていた。
僕は関係ないという顔をし、ひたすら木刀を眺めていた。
すると、思いのほか木刀が欲しくなった。
(2500円か、、くぅ〜、、高ぇ、高ぇけどかっけぇ〜、、ぐぅ、これも高尾山の洗礼か、、)
なんとか自分の欲を律し、木刀を買うのを堪えた。
「じゃあもうこれください」
後ろから同期の声が飛び込んできた。
振り返ると、同期が安めの漬物を一つ買おうとしていた。
いや漬物て、高尾山関係ないやん、できるだけ安く済ませようとして変なの買いよるやん。
口から出そうになった言葉をおし殺し、
「これも買えば」と、違う漬物も勧めてあげた。
「いや一個で大丈夫よ」
断られると、僕の心に火がついた。
「いやいや、2個違うの買った方がいいって、彼女といっしょに食べてどっちが美味しいか食べ比べした方が楽しいやん、1個じゃ意味ないよ」
「、、たしかに」
簡単だった。
簡単すぎて気持ちが良かった。
おっちゃんが営業しかけたくなる気持ちが理解できた。
「2個買うならちょっとまけてあげるよ」
おっちゃんからトドメの一撃がでた。
なぜか、僕とおっちゃんの協力プレーで2つ目の押し売りに成功した。
まけてもらった幸福感、押し売りに成功した高揚感で、僕たちは満足気に店を出た。
高尾山を登る前に寄った、可愛らしい和菓子の詰め合わせを売っているお土産屋さんに向かった。
今から登山するのに荷物になるからと、帰りに買うことにしたあのお土産屋さん。
そのお店に到着。
だが、めちゃくちゃ閉まっていた。
どうやらまだ洗礼は続くらしい、なんとも思い通りにいかない日だ。
気持ちを切り替え、銭湯に行くことにした。
同期が、どこの銭湯に行こうか悩んでいた。
(、、ん?、、高尾山温泉には行かないのか?、、てっきりそこに行くものかと、もしかして目の前に銭湯があることを知らないのかこいつ?)
いやそれはない、だってこんなに所狭しと温泉の看板があるのだ。
駅に到着してからと山を下りてからの道のりで、一回はどれかの看板に目がいくはず、だから気付かないはずはない、ということは高尾山温泉に何か嫌な思い出でもあるのか?行きたくない理由があるのか?
僕は、恐る恐る聞いてみた。
「あの、、目の前に温泉あるけど」
「え、まじ?」
愚かだった。
こんな大量の看板を全スルーしていたとは、聞いてみてよかった。
「いやめっちゃ看板あるやん、なんで気付かんの」
「あるなあ」
それ以上責めることはやめ、温泉に向かった。
温泉施設に着き中へ入ると、僕たちは一目散に喫煙所に駆け込んだ。
実は同期と合流してから一吸いもしていなかった。
吸えるようなスポットがなかったのもあるが携帯同様、密かにタバコも禁止していたのだ。
2時間登下山してからのタバコは骨身に沁みた。
普段まずいはずのフィリップモリス10mgが僕の肺を満たしに満たしてくれた。
タバコを吸い終え脱衣所へ行くと、思ったよりたくさんの人たちがいた。
皆も高尾山を登った後なのかなと思うと、ここにいる全員が戦友に思えた。
服を脱ぎ、いざ風呂場へ。
早く入りたい、早く肩まで浸からせてくれ。
そんな思いを募らせながら体を洗ったあと、1番ベーシックな大浴場に浸かった。
すると、肩から脳へ気持ちよさが伝染し、全身から脈を打つ音がした。
わかりやすく言うと、最高だった。
視界が揺れ、脳みそが溶ける、そんな感覚に陥った。
体がほどよく温まったところでサウナへ。
扉を開けると、戦いを終えたばかりの戦友たちが箱詰めになっていた。
サウナの室内は90℃、テレビにはニュースが流れていた。
僕は、ニュースを見ずに回る時計の針をずっと見ていた。
(あれ?なんか速くないかこの時計、、いやそんなわけはないか、気のせいか、、)
回る時計の針のスピードが速い、なぜかそんな気がした。
入ってから6分を過ぎたところで、同期がうめき声をあげだした。
もう出たいと言いだしたので、12分は入ろうよと無茶をお願いしたら、なんか承諾してくれた。
大丈夫かな、倒れたりしないかな。
僕の心配とは裏腹に、同期はケロッとした顔で12分を凌いだ。
同期が席を立とうとしたので、
「いやあと1分よ、もう出るって決めてからあと1分いかな」
「たしかに、筋トレみたいな感じか」
6分でうめき声を上げていたやつとは思えなかった。
僕たちは、計13分の90℃を耐え抜き、水風呂を浴びた。
1分ほど浸かったあと、外気浴へ。
(、、気持ちよすぎる、、)
開放感と爽快感で満ち溢れた。
だが、何故かあんまり整わなかった。
でもそんなことはどうでもいいぐらいに気持ちよかった。
風、気温、匂い、全てが心地よかった。
ここで、外気浴を浴びながら名前の話になった。
同期は沖縄出身で、謝花(じゃはな)という変わった苗字の持ち主だった。
「謝花って名前さ、沖縄では結構おるん?」
「いるにはいるけど、あんまりいないなあ」
「東京でいうどんな苗字ぐらい?」
「んー、大山かなあ」
「あー、おるにはおるけどあんまおらんなあ」
「そうなんよ」
謝花は前に、沖縄出身同士でコンビを組んでいたことがあった。
その元相方の名前が、これまた珍しい安座間(あざま)という苗字だった。
「じゃあ安座間は?沖縄ではメジャー?」
「あー謝花よりはいるけどあんまいないかも」
「東京でいう何くらい?」
「んー五十嵐かなあ」
「あー、大山よりはおるけどあんまりおらんなあ」
「そうなんよ」
そして、謝花は今、沖縄出身の同級生の女の子と付き合っていた。
「彼女の名前は何ていうん?」
「照喜名(てるきな)」
「てるきな!?それ沖縄でも珍しいやろ絶対」
「いや沖縄にはめっちゃいるのよ、てるきな」
「どんくらい?中村くらい?」
「いやそこまではいない」
「じゃあ宇野くらいか」
「んー、小林あたりかなあ」
「あー、めっちゃおるけど中村ほどではないなあ」
「そうなんよ」
この何気ない会話が普段の5倍楽しく思えた。
開放感って凄まじいなと、改めて実感した。
露天風呂に入ったあと、再度サウナへ突入した。
(、、いややっぱり速いよなこの時計、、針の回るスピードおかしいぞ絶対、、)
そう思い、同期に尋ねた。
「ねぇ、この時計なんか速くない?」
「いやそんなことないでしょ」
「いや絶対速いって」
大きい針の一周は12分、小さい針の一周は1分なので、数字間の秒数は5秒、この数字間の秒数を測ってみた。
「1、2、3、速いやん」
「速いな」
数字間で3.5秒ぐらいだった。
ということは、一周1分のところを45秒くらいで回っているということになる。
さっき13分入ったのに同期がケロッとしていたこと、僕が全く整わなかったこと、その辻褄があった。
時間の感覚がわけわからなくなったところで、サウナからでた。
各浴槽をほどよく堪能してから風呂場も出た。
服を着て、僕たちはお食事処へ直行した。
本日二度目の座敷である。
僕は、スーパー銭湯や温泉施設にあるあのお食事処がだいすきだ。
あそこで飲む酒が1番美味いし、あの空間では全員が幸せそうだからだ。
僕たちは、瓶ビール2本と刺身定食と天ぷら定食を頼んだ。
もちろん僕が刺身定食。
文面からひしひしと伝わる通り、僕は大の刺身好きだ。
故に、ここは刺身定食以外の選択肢はなく、何回この場面を繰り返しても、刺身定食以外を頼むなんて考えは頭にないのだ。
なので、天ぷら定食を頼んだ同期を心の中で小馬鹿にしつつも、僕の考えにないことをするなんて、なんか大人だなとも思った。
温かいとろろを頼んだときの同期がフラッシュバックした。
一旦タバコを吸いに行ってから戻ってくると、ちょうど注文したものが出来上がっていた。
タイミングが良すぎる、風はいま僕たちに吹いている。
さっきまでの洗礼につぐ洗礼が嘘のようだった。
とりあえず瓶ビールをぐびっと放り込む。
禁酒解禁したての僕の喉に、痺れるような電撃が走った。
ビールが喉から食道を通るのと同時に、今日やってきた全ての思い出が走馬灯のように駆け巡った。
その中には、もちろん失恋した思い出もあったが、それもまた良き思い出となって消化された。
愛おしいあの子の出産を、心の底から祝福できる、そんな瞬間でもあった。
なんだこれは、なんなんだ今日という日は、最高すぎやしないか。
言葉で上手く表現できないが、今日やってきたことが全て噛み合う、そんな感じがした。
僕たちの隣に、楽しそうに酒を飲み交わすおじちゃん2人がいた。
頬を赤らめて、ずっと笑いながら話している。
40年後の僕たちを見ているようだった。
40年経っても、何年経っても、これさえできればもうなんでもいいや、山登りした後に温泉に浸かりお食事処で仲間と酒を飲み交わす、もうこれさえあれば人生にこわいものなどない、そう思えた。
そして、その反対の方の隣に、ひとりで正座をしながら定食を食べる若い女性がいた。
大和撫子を体現しているかのような、そんな佇まいだった。
きっとあの人も高尾山を登った後なのだろう。
今日最後の山美だった。
その後も、つまみを食べながら謝花と楽しく酒を飲み交わした。
他愛もない会話が本当に楽しく、心地良いひとときだった。
天ぷらにつゆがついてこないというトラブルはあったけれど、それすらも良く思えた。
今回のことで何が言いたいのかというと、これさえあればなんでもいいやって思えることを一つ持っておく、そうすることで人生にとてつもないゆとりと余裕ができるのではないか、そう思った。
だからみんなにそれを伝えたかった。
一つ持っておくとは、持っていることを自覚するということだ。
それはなんでもいいはずで、皆にもきっと何かしらあると思う。
僕の話でいうと、山登りやそれに近しい何かを達成した後に、温泉に浸かってお食事処で仲間と酒を飲む、たまたまそれだっただけであって、寝る前にホットココア片手に映画を見るでもいいし、家族と旅行いくでもいいし、好きな洋服を着て街に出かけるでもいいし、普段誰でもできるようなありふれたことで十分だと思う。
ただ、私はこれを持っているんだとちゃんと自覚して、胸に秘めておくことで、辛いことや苦しいことがあったときに、いつでも気分を晴らすことができる準備をしておくことが大事なんじゃないか、そう思った次第である。
言いたいこと伝わったかな?
なんとなく伝わったよね?大丈夫よね?
今回、僕の相方が芸人をやめ、僕自身が人生の岐路に立ち、何か見つかるかもと高尾山を登った、そして山頂でずっと思いを寄せていた人にふられた、様々な洗礼が降り注いだ。
だけど、そんなことがどうでもよくなるくらい、もうこれさえあれば人生にこわいものはない、そう思えるものに出会った、いや再認識したのだ。
これから先、誰だって困難や厳しい状況に追いやられるときがあると思う、そんなときのために、「私にはこれがあるから、これさえできたらもう人生楽しいから、大丈夫大丈夫」と、そう思えるような何かを持っておいてほしい、とてつもなく気持ちが楽になるから。
私にそんなものはないよ、楽しみなんてないよ、そう思う人、まじでそんなことないはずです、絶対何かしらあるはずです、探してみてください、大丈夫です。
それでもそんなものはないと言う人は、とりあえず山登りした後に温泉に浸かって美味しいご飯を食べてみてください、話はそこからです、僕はあなたの幸せも想っていますよ。
こんなことが言いたいがために、全中後編と長々と書いてすいませんでした。
累計13000文字も読んでくれたあなたはとても心優しい人なので、自分という人間に自信を持ってください、幸せが訪れることでしょう。
ここまで読んでくれた方、本当にありがとうございました。
来週からも渾身のエッセイをあげ続けます、がんばります。
ー 後日談 ー
謝花が照喜名にふられました。
高尾山を登ると、いや女坂を登ると失恋するので気をつけてください。
終わり。
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