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左利きのススメ


時の流れは早いものだ。

もう気付けば27歳になった。

自分がアラサーになるなんて想像もしていなかった。
そんなアラサーの僕が、この歳になってふと思い立ったことがある。


「よし、左利きになろう」


常日頃、自分には何かが足りないのではないかと思っていた。

理由はわからないが、何かが足りない気がしてならなかった。

その何かがなんなのかはわからず、ずっと漠然としたモヤモヤを抱えていた。


だが、左利きになるという発想を思いついたとき、頭の中のモヤが晴れ、何かがカチッとはまる音がした。

「これだ、これで全てのピースがそろう、僕に足りなかったのは左利きだ」


僕はやっと完全体になれる。
そんな気がした。


左利きは、全人類の10%しかいないらしい。
それもあってか、左利きのやつは天才というイメージが定着している。

調べてみると、かの有名なアインシュタインやエジソン、ピカソやダヴィンチなども左利きらしい。
なんか左利きだと右脳じゃなく左脳を使って過ごすようになるので天才が多いとかなんとか難しいことを書いていたが、そんなことはどうでもいい。

とにかく左利きは天才、すなわち選ばれし者なのだ。


そして、それに付随してよく耳にするのがAB型の人は天才だということ。

調べてみると、AB型も全人類の10%しかおらず、スティーブ・ジョブズやゴッホ、イエスキリストなどがAB型らしい。
なんかAB型だとA型とB型の特徴を併せ持ち、多面性に富んでいるから天才が多いとかよくわからないことを書いていたがそんなことはどうでもいい。

とにかく、AB型は天才で選ばれし者なのだ。


じゃあ、AB型の左利きってやばくないか?
超選ばれし者ってことじゃないか?

調べてみると、AB型の左利きは全人類の1%しかいないらしい。
つまり、天才のなかの天才、選ばれし者のなかでさらに選ばれた者なのだ。


そして、そんな僕は実はAB型だ。
あとは利き手を変えるだけで、1%側の人間になれるのだ。

左利きの人は今から頑張ってもAB型にはなれないが、AB型の人は頑張れば左利きになれる。
故に、僕は頑張ったら超天才になれるというチャンスを与えられているのだ。
これはもう左利きにならざるを得ないだろう。


ここで、無粋なことを言ってくる輩がたまにいる。


「いや頑張って左利きになっても意味ないだろ、生まれながらの左利きじゃないと天才ってことにはならないだろ、てかAB型の左利きだからって天才だとは限らないだろ」


うん、まじでうるさい。

何もわかってないこいつらは。

天才か天才じゃないかなんてまわりが決めることで、まわりから見て天才だと思われるだけでいいのだ僕は。
あと、左利きになることで自分は天才なんだと思わせてくれる、その心もちがほしいのだ。
病は気からというが、天才も気から、なんでも気持ちが大事。

もっと言えば、左利きになることで僕は本当に天才になれると思っている。
全てが変わる気がしている。
そんな前向きな僕の心に水を差してくるな。
自分がやってもないことをいちいち否定してくんなという話だ。


そんなこんなで始めた左利き生活。

もうかれこれ2ヶ月くらい練習しているが、一向に習得できない。

スプーンとフォークは割と使えるようになったが、箸がめちゃくちゃ難しい。
こないだなんかはもうあきらめてフォークでラーメンを食べてしまった。

麺に申し訳なさを感じたのは初めてだった。
フォークで麺をすするたびに虚しさが押し寄せてきた。

そのときに、5年ほど前に京都の相席屋で知り合った女の子が、家にスプーンがなかったから仕方なく箸でヨーグルトを食べたという話を思い出した。

その子は笑いながら「箸でヨーグルトを食べる私って終わってるなと思った」と言ってくれた。

今になって分かる、その子の気持ちが。
こんなに虚しかったんだ。

何してるんだろうな今。
とびきり幸せになってくれてるといいな。


その子と知り合った頃、わざわざ家に泊まりにきてくれたのに何も手をださなかったことがある。
そこから徐々に連絡をとらなくなっていった。

あのとき手を出していたら何か変わっていたのだろうか。
あのとき僕が左利きだったら手を出していたのだろうか。

たらればの話はやめよう、頭が朦朧としてくる。

今更その子とどうなりたいわけでもないし、あのときのことを後悔すらしていないのだから。

でも笑っていてほしい、ただそれだけ。



人は、変化を嫌う。
今までやってきたことを否定したくないから。
あとは単純に今の形を変えるのが面倒臭いからか。

だが、変わろうとすることで見えてくるものや思いだす出来事もある。

僕が左利きになろうとしなければ、あの子のことを思い出して物思いにふけることもなかったし、箸でヨーグルトを食べたあの子の気持ちも理解できていないままだっただろう。

左利きを習得できればもっと違う景色が見えてくるのだろうか。

次はあきらめずに食べてみよう。

ちゃんと左手で持った箸で、ラーメンを。


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