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鯛の骨には御用心


僕は、肉よりも魚、野菜よりも魚、果物よりも魚、ビックマックよりも魚が大好きで、小さい頃から魚料理を好んでよく食べていた。

ファミレスに行くと普通の子どもたちは「ハンバーグ!ハンバーグ!」と叫び散らかすが、僕はそんな欲望の肉塊たちを横目に、塩サバ定食を嗜んでいた。

小学生の好物の相場はカレーか肉と決まっているが、毎回魚をセレクトする自分に我ながら大人だなと自分でも思っていた。


小学校5年生のとき、週2で塾に通っていた。

その塾の授業の一環で、前日や前々日の夕食を発表するとうものがあった(たぶん記憶力を養うためだろう)。

そこで毎度のように魚料理を繰り出す僕に、普段物静かな山田くんは、

「んもうまた魚やん!!」

と、左斜め前の席から振り向きざまに言い放ってきた。

あのクールな山田くんからは想像できない言葉に、教室の時が一瞬止まったのを覚えている。

山田くんは (あ、言っちゃった) みたいな表情をしていたが、僕の気持ちは穏やかで、あの言わずも知れたシャイボーイで有名な山田くんをうならせるほどの、魚好きという太鼓判を押されたようで、僕は誇らしげな態度をとっていた。

そして、山田くんから指摘されて初めて気付いたことがある。

それは、僕の家はそもそも魚料理が多いということ。

僕が魚を好きだから母親は魚料理をたくさん作るのか、母親が魚料理ばかり作るから必然的に僕も魚を好きになったのか。

僕は、小5にして鶏が先か卵が先かばりの難題にさしかかったのだ。

後者の場合、母親のせい(おかげ)で魚を好きになってしまったということになる。

まだ小さかった僕は、僕の家は国から任命された特殊な機関で、この世に哀れなフィッシュモンスターを作り上げる実験施設のようなところかもしれないという憶測が頭の中を飛び交った。

このファンタジーすぎる推理に「いやいや流石にそれはないっしょ〜!」と自分でツッコミを入れてはいたが、割と大人になるまでこの線は捨てきれていなかった。

母親は僕が食べたいものをリクエストすると必ず作ってくれるので、この家は別にフィッシュモンスター養成機関などではないということに中3でようやく気付いた。

今考えると、フィッシュモンスターって何?と過去の自分を真顔で詰めたくなる。


僕は、小学生のときは家族から「焼き魚を食べるプロ」と言われていた。
もう尻尾から頭の先まで、身という身が無くなるまで魚を綺麗に食べていた。
しかも、骨をしゃぶることなく、魚の骨形を完璧に残したまま、己の箸一つでのし上がっていた。

人間で言う理科室の骸骨のような、骨をどこもはずすことなく身だけ綺麗に剥ぐという芸当を小学生ながら家族に見せびらかしていた。

母親と姉からはたくさん褒められ、褒められるたびに僕は選ばれし人間なんだと錯覚していった。


そんなある日のこと、あれは小学校6年生のとき。
夕飯で鯛の塩焼きがでてきた。

魚の塩焼きの中でもダントツで鯛が好きだった僕は、少しフライング気味に食べだした。

僕はもう焼き魚を食べることに関してはプロの領域にいるので、こんな大きい骨ばかりの鯛なんて楽勝だぜ!へっへー!と、余裕綽々で食べ進めていた。

すると、急に喉元に電撃が走った。

考える間もなく立ち上がり、洗面台の方へ猛ダッシュした。

家族たちは唖然としていて、母親も姉も口を揃えて「は!?!?」と言っていた。

そんな「は!?!?」に構っていられるわけもなく、無視して洗面台の方へ向かった。

というのも、喉元に電撃が走った瞬間、物凄いスピードで吐瀉物が込み上げてくるのがわかったからだ。
僕は、喉元に雷が落ちるというこの状況を理解できてはいないが、吐瀉物を撒き散らすわけにはいかないと咄嗟に判断し、雷が落ちてからわずか0.1秒足らずで立ち上がった。

この迅速な対応のおかげで、なんとか洗面台にダイブすることができた。

この判断能力の高さは、きっと小5から塾に通っていたからだろう。

吐瀉物を流してから少し状況を整理した。

まだ痛い。
痛すぎる。
唾を飲み込む度に激痛と嗚咽が走ってくる。
なんだ、なんなんだこれは。

そして、僕はピーンときた。

(、、鯛のぶっとい骨を飲み込んだんだー!!)


慢心していた。

プロであるということにあぐらをかき、初心を忘れていた。

焼き魚は丁寧に丁寧に身を剥がすのが鉄則。
そんな基本中の基本も忘れ、僕はただ乱暴に魚の身を剥がすだけの、それこそただのフィッシュモンスターと化していた。

そんな反省をよそに、痛みと嗚咽は止まらず、唾を飲み込む度に味わったことのない不快感が僕を襲った。

痛い、痛すぎる、誰か助けてくれ。

この状況で誰かに「これを読んだら骨が取れるよ」と怪しすぎる情報商材を勧められていたら絶対に買っていたと思う。
それぐらい誰かに助けてほしかった。

ここで、母親が登場。

当時の僕からすると、そのとき背中をさすってくれる母親が神様のように思えた。

そして、神様は僕に言う。

「白ごはんをたんまり丸飲みしなさい!骨取れるから!」

僕は、神様の言う通り白ごはんを丸飲みしまくった。
だが、食べたものを吐くばかりで、一向に状況が変わらない。
なんならもっとひどくなっているというかもう体内の胃液は全部出し尽くしていた。

それもそのはず。
魚の骨が刺さったときにご飯をたくさん飲みこむというのは迷信のようなもので、現代の医学ではごはんを飲み込むと魚の骨がより深く刺さってしまい、状態が悪化するのでよくないことだと言われているのだ。

損なこととは露知らず、僕はエセ神様の言う通りご飯を飲み込んでは吐いての業を繰り返していた。
食べては吐いてを繰り返すただのライスゲロマシーンと化していた。

そしてエセ神様は言う。

「もう寝なさい!寝たら治るよ!」

びっくりすると思うが、僕はこのときもまだエセ神様は本物の神様だと信じていた。

頼れるものがなかったから頼るしかなかったのだ。

可愛い女の子が彼氏と別れてすぐダメ男に引っ掛かるのも納得がいく。


その日はエセ神の言う通り無理やり目を瞑り、次の日に期待して眠りについた(2時間ぐらいしか寝れなかったけど)。


そして翌日。

喉は相変わらず痛かった。

神はこの家にはいないのだということを流石に悟った。

学校なんてものはもちろん行けるわけもなく、僕はエセ神に連れられ救急病院へ行った。

受付を済ませると、すぐにお医者さんの元へ案内された。
扉を開けると、横に若いナースを連れたメガネの年配医者が座っていた。

「ちょっと口の中見せてね〜、あーはいはいあるね〜あるある〜」

と、軽い感じで話すその医者に対して僕は (、、このエロメガネが、、) となぜか腹が立っていた。

腹が立ったのも束の間、

「じゃあいくよ〜〜」

と急に何かの合図のようなことを言い出し、僕の喉元一直線にピンセットを差し込んできたのだ。

そりゃもう吐瀉物が込み上げること込み上げること。

と同時に、目の前には驚愕するものがあった。

エロメガネが持つピンセットの先に、長さ約10センチのぶっとい骨があったのだ。

そしてエロメガネは言う。

「これは流石にやりすぎだよ〜〜」

と、こんな大きすぎる骨を飲み込んだことに対して嘲笑うそのエロメガネが、僕からすると本物の神様に見えた。

あえて何の前触れもなく喉に手を突っ込み、そのワンチャンスをものにするとはまさに神技であった。

僕は心の中で「神様ぁ、神様ぁ、ありがたやぁ」と呟いた。


とまあ今回はそんな神エロメガネのおかげでことなきを得たのだが、人生で初めて命の危機を感じた僕は、当時小6ながらに得た教訓が3つある。


・慢心するな

・母親でもたまに間違ったことは言う

・魚は生魚に限る

以上

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