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宝くじという魔法に包まれて


約5年前のこと、まだ芸人になる前の話。

僕は仕事から帰り、ベッドの上に転がりながら何気なくSNSを見ていた。

すると、ある一つの投稿が僕の目に飛び込んできた。
宝くじを買ってはずれたという投稿を高校の同級生S君がしていたのだ。

僕はそれを見て、とてつもない衝撃を受けた。

宝くじというのは老後の娯楽で、もう全ての娯楽を遊び尽くした者だけがたどり着く領域だと思っていた。
当時、パチスロにどっぷりはまっていた僕は、その高校の同級生S君がえらく大人に見え、まだパチスロなんかに興じている自分がとても小さな存在に思えた。

よし、僕も宝くじに挑戦しようと、ここで一皮剥けて大人の階段を登ろうと、そう思ったのだが、ここで一つ問題があった。

宝くじの買い方が全くわからないのだ。

いや別に買い方なんて特にないだろと、普通に売り場に行って普通に買えばいいだけだろと思ったかもしれないが、僕はあそこで何が行われているのか、アクリル版を一枚隔てた怪しい空間でどんな会話やどんな取引が行われているのか、想像がつかずとても不安だった。


だが、僕には心強い味方がいる。
そう、同級生のS君だ。
僕は、すぐさまS君に電話をし、宝くじの買い方を教わった。

案の定、買い方なんてものは特になく、普通に売り場に行って普通に買えばいいと言われた。
ただ、バラと連番があるのでそこだけ注意しなさいと、数字をバラバラで買うか連番で買うか聞かれるので、あらかじめ決めておいた方がいいとのことだった。

僕は、連番などという浅ましくも強欲なものがこの世に存在するのかと思い、バラでいくことに決めた。

S君との会話の流れで、いっしょに宝くじを買って当選金額を山分けしようという話になった。
パチスロでいうところのノリ打ちである。

だが、僕は当時、京都に住んでおりS君は静岡に住んでいた。
なので、京都と静岡で別々で同じ金額分買って、開封だけいっしょにやろうということになった。

ここで、その他の細かいルールも設定した。

・軍資金はひとり3万円ずつ
・ひとりで売り場を5つまわり、20枚ずつ買うこと
・全てバラで買うこと
・買った売り場の写真を撮ること
・当選金額は全て折半すること

このルールにそいながら、僕たちは第811回のハロウィンジャンボに戦いを挑んだ。

僕たちは連絡を密にとり、毎日どこで買ったか写真を送り合い、もし当たれば何をしたいか等ベタなことを話し、開封日まで気持ちをたかぶらせていた。

開封日までにいくらパチスロで負けようと、僕たちには宝くじがあるから大丈夫と、宝くじが心の安定剤になってくれていた。

開封日まで待ちきれず何度もS君とテレビ電話をした。
画面の向こう側で毎日のようにお互い潰れるまで酒を飲んでは、二日酔いで仕事に行った。
宝くじという魔法に包まれた2人は、もうこわいもの知らずの無敵な状態に入っていた。

僕は、この魔法がすごく楽しくて心地良かった。

この魔法に包まれながら、友達と2人で宝くじを買ったという思い出を共有し合う、もうそれだけで僕は宝くじ代の元は取れていると感じた。


これと同時期に、あるひとりの女性と飲み屋で知り合った。
僕は話の流れで、最近初めて宝くじを買い、友達といっしょに買っていっしょに開封するという計画を立てているということをその女性に話した。
するとその女性は、宝くじは還元率が低く非合理的であると、国がもっていく割合が多いとかなんとか、僕にとってはうるさすぎることを長々と言ってきた。

いやそういうことじゃないと、僕だって正直当たるなんて思っていないと、僕たちは夢と思い出を買っているんだと、そんなことを言い出したら人生何も楽しくないじゃないかと、言ってやりたくはなったが、なんか大人気ない気がして「たしかにね〜」とだけ返した。

その後もその女性は、人脈が大事とかなんとか僕が耳を塞ぎたくなるような単語を並べては自慢げに話してきた。
僕からこの人に言ってやれることは何一つないなと思い、僕は途中で思考をシャットアウトした。

このことをS君に愚痴り、僕たちはまた画面越しに潰れるまで飲んだ。

そして、宝くじの抽選結果当日。
僕たちは中々予定が合わず、当日に会うことができなかった。
当選金の支払い期日までにいっしょに開封できればいいと考えていたのだが、早く開封したいという思いが強まり、もうテレビ電話で画面越しに開封しようということになった。

これまでの経験から、画面越しでも十分に楽しめることは立証済みなので、なんの躊躇もなかった。

だが、最大限楽しもうと、僕たちは開封する日を数回に分けて実施することにした。

そして、いざ第一回目の開封するとき。
僕たちは鬼レモンを片手に、時間をかけてゆっくりと開封していった。
番号を紙で隠し、その紙をずらしながら1桁目から順に見ていき、これまた開封を最大限楽しもうと努力していた。
宝くじの1枚1枚が我が子のように可愛く思え、はずれた宝くじもとっておきたいという気持ちすら芽生えていた。

お酒も三本目に突入したとき、ここで激アツな展開がやってきた。
1桁目から順に見て「...40」という数字が飛び込んできた。
もしこれが「...1940」だと10万円の当選になり、あと1/100の確率で僕たちは昇天できるのだ。

僕は、恐る恐る慎重に紙をずらし、3桁目を見ると「...940」となっていた。

おいおいまじかよ、楽しすぎるって。
あと1/10で10万円て、やばいって。

僕たちは念じた。
もう結果は決まっているのに念じた。

ここで強カットインこいと、少しでも期待度よ上がれと、2人で願った。

もうこの時点で全然当たらなくてもいいぐらいに、僕たちは宝くじの楽しさを味わっていた。

そして、緊張の瞬間。
僕が4桁目を開けて、画面越しの友達にめい一杯見せた。

すると、画面にうつるその数字は「...1940」となっていた。

叫んだ。

2人でいっぱい叫んだ。

まさか当たるとは。
こんなことがあっていいのか。

宝くじというのは夢を買うもの、当たったら何をしようかと考えて楽しむもので、ほんとに当たるなんて誰も思っていない。
僕たち2人も言葉にはださないが、正直当たるなんてことは思っておらず、この宝くじで稼いでやろうなんて気持ちは全くなかった(ほんのちょっぴりはあったけど)。

それなのに当ててしまった。
ビギナーズラック様様である。

結局、数回に分けて実施した開封イベントの盛り上がりは、この第一回目の10万円がピークで、当選金の合計額は、S君が9000円、僕が106000円と、2人合わせて115000円だった。
投資金を差し引いた収支は、ひとり+27500円となった。

これ以降、僕たちはこの宝くじイベントと全く同じことを2回実施したが、この10万円という数字は越えられていない。

だが、友達といっしょに夢を買い、同じ目標に向かいながら思い出を共有し合うという、半ば部活のような楽しさは毎回薄れていない。

還元率が悪く非合理的かもしれない。

だが、人生は還元率じゃ計れない。
非合理の中に楽しさがあり、非合理的だからこそ楽しめることもある。

今の僕なら、あの日の女性に面と向かってそう言えるだろう。

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