街は優しさで溢れている
待ち合わせ場所に向かう。
家を出て急ぎ足で電車に乗り込む。
準備に手こずってしまい、どう逆算しても待ち合わせギリギリの5分前到着になりそうだった。
そんなときに限って、電車が緊急停車。
早く動けと、苛立ちが隠せない。
電車内はガラガラで、立っているのは僕だけだった。
こんなことで苛々するのが嫌で、なんとか怒りをしずめる。
ほどなくして、電車が動き出す。
駅に着くと、遅れそうだからゆっくりでいいとの連絡が入る。
よかったと、一息つく。
少し時間ができたので駅前の喫煙所へ。
左ポケットに手を入れると、いつもあるはずのライターがない。
やられた。
準備に手こずったせいだ。
Uターンしてコンビニを探す。
いや待てよ、コンビニに行く時間はないか、ライターは喫煙所で借りよう、今日はそんなことをしちゃおう。
と言うのも、なぜか僕は喫煙所でライターを貸してくださいと言われることが多い。
こんな不貞腐れた金髪野郎の僕に、よく話しかけれるなとは思うが、話しかけられた方は悪い気はしない。
逆の立場で普段、喫煙所でライターがないことが発覚しても、僕は誰かに借りるなんてことはせず、必ずコンビニで買ってから再度、喫煙所に戻っているのだが、今日は初めての試みをしてみようと、自分の殻を破ってみようと、というかコンビニに行く時間なんかないぞと、僕はUターンしたあとすぐまたUターンして喫煙所に向かった。
喫煙所に入り、一番最初に目に入った人に声をかけようとするも、最初の人は電子タバコだった。
すぐさま視界を横にやるも、またも電子タバコ、その次も電子タバコ、また電子タバコ、、、どこもかしこも電子タバコに吸われた人ばかりだった。
視界に入った7人目でようやく紙タバコの人を発見。
中年でメガネをかけた細身のサラリーマン。
恐る恐る声をかける。
こころよくライターを貸してくれた。
Bicの青いライターだった。
ありがとうありがとう、こんな不貞腐れ金髪野郎に無償の愛をありがとう。
優しさを噛み締める。
すると「もう1本持ってるんでそれあげますよ」と、サラリーマンの方がライターをくれた。
遠慮して断るという選択肢もあったが、人のご好意を無下にはできないので、というか普通にライターがほしかったので、僕はいつもより少しテンション高めに感謝を述べてからライターをいただいた。
優しさを噛み締めながら、爆速でタバコを吸い上げ、喫煙所を出た。
待ち合わせ場所に向かう。
待ち合わせ場所を通り過ぎ、少し散歩する。
カイロを持ってき忘れたことに気付く。
これも準備に手こずったせい。
街ゆく人に、カイロ貸してくださいと声をかけるのは流石におこがましいかと、そんなことを考えながら、歩く熱で体を暖める。
友人と合流。
とりあえず喫茶店へ入り暖をとる。
ビールを頼むと無料でピーナッツがついてきた。
予期せぬサプライズに高揚した。
無料という響きはいくつになっても嬉しい。
喫茶店を出て歩いているとおにぎり屋が現れた。
外のメニューを眺めていると、中から店員さんが顔を出しオススメを教えてくれた。
オススメのおにぎりを買うと「寒い中ありがとうございます」と言ってくれた。
ありがとうございますの前に寒い中という言葉がつくだけで、こんなに心が暖かくなるのかと、朗らかな気持ちになった。
買ったおにぎりと豚汁は美味しくて甘かった。
前から行きたかった小料理屋へ。
カウンターの席に座ると、女将さんがよかったらと膝かけを貸してくれた。
膝かけの柄がギャルギャルしくて少しにやけた。
飲み物が変なところに入ってしまい僕の咳が止まらなくなったので、お水をもらおうとした。
すると「今お水もっていくからね」と何も言ってないのにお水を持ってきてくれた。
そのお水を飲むと咳はすぐ止んだ。
料理はどれも美味しくて暖かかった。
塩サバについてきた大根おろしの量が過去一だった。
お店を出て2軒目へ。
2時間ほど飲んでお店を出ようとすると、トイレに財布を置いてきたことに気付く。
すると、店員さんが僕の財布を持って近付いてきた。
よかった、と一安心。
別のお客さんが届けてくれたらしい。
ありがとうありがとうと、澄まし顔で心の中で呟く。
店を出て駅まで歩く。
一駅離れた駅まで。
半分に割ったチョコモナカジャンボを食べながら。
今日は一日中、寒かった。
寒かったけどずっと暖かかった、そんな一日。