都市部から郡上へ。Uターン料理人の想いを乗せた山菜フレンチ – #01 山下一宇 –
今回、Chef in Residenceの趣旨に賛同し、参加してくれた山下一宇(やましたかずいえ)さん。
山下さんは地元、岐阜県郡上市八幡町の出身のフレンチ料理人。高校卒業後にフランス料理の専門学校を経て、渡豪。農家研修や地元レストランなどで勤務の後、帰国後は東京や名古屋など、星付きフレンチレストランで修行を積み、昨年2019年にUターンで地元へと戻ってきました。
自分のお店を持つにあたり、なぜ郡上を選んだのか。また、今回どういった想いでChef in Residenceのプロジェクトに参加してくれたのか、フィールドワークで感じたことを振り返りながら、その想いを聞かせてもらいました。
郡上を新たなスタートの場に選んだ理由
ー 高校を卒業してからずっと郡上を離れていたとのことですが、どんなキッカケで戻ることになったのですか?
山下:ずっと地元への愛着があまりないタイプだったんです。成人式も海外にいて出れていなくて。働き始めてからも、長い休みの時はいろんなところに料理の研修に行ったりして、あまり郡上へは頻繁に帰ってはいませんでした。いくつかのレストランで料理人として経験を積んで、いざ独立を考えたタイミングで違和感を感じたんです。
市場では、全国から取り寄せた季節感のない野菜が、妙に揃っていて。レストランは価格競争の中だけでの戦いになっているというか。それよりも季節を感じられるとか、季節をきちんと身近に感じることができる、そんな料理を楽しんでもらいたいと思いました。
東京のレストランで働いている時は、直接生産者から話しを聞いていろいろと旬のものを取り寄せたりして。これからやりたい自分のお店はそっちの価値観かな、というのがあって、ふと「郡上かな」と思ったんです。それで、郡上に戻ってきました。
▲生産者には直接連絡をとり、みずからの足で仕入れに行く
山下:郡上に戻ってきてからは、糸カフェ(郡上八幡町)オーナーの彩果さんに、つながりのある生産者さんをご紹介いただいて、地元の酒屋さんや、都市部から移ってきてレストランをされている方など、実際にいろんな方とのつながりができていきました。みなさんいろいろ声をかけてくださるので、本当にありがたいですね。帰ってきて気づきましたが、郡上は端境期も含め、本当に食材が豊富で面白いですね。
▲新鮮な旬の農作物が身近で手に入る
パックに詰められていない、本当の山菜の姿を知れた
ー 今回、明宝・気良地区の「民宿しもだ」の女将である下田葉子さんや小川地区の民宿「上出屋」の女将 西脇洋恵さんにご案内いただき、山菜採りツアーに参加しましたが、いかがでしたか?
山下:郡上出身とは言え、山菜についての知識はほとんどなく、初心者ですので、教えていただくこと全てが新鮮でした。特に印象深かったのは、見せてくれる時に葉子さんはじめ、みなさんの表情がキラキラしていたことです。楽しんでやっていることが伝わってきて、すごく良いなと感じました。
▲明宝気良地区 の集落をぐるっと歩きながら山菜の説明をする葉子さん
山下:せっかく日本にいるから料理に使わないといけないな、という意識はあったものの、どれが食べられる山菜なのかわからないし、ハードルも高い。自分で採ってみようと思っても、地域の人と関係性をつくってからじゃないと色々聞けないですし、今回もほんの一週間で採りどきを逃してしまったり、これまでは、きれいにパック詰めされて並んでいる様子しか知らなかったため、想像できないことをたくさん知ることができました。
▲ツアーメンバーと一緒にさまざまな山菜を摘んでまわっていると、自然と笑顔があふれる
勤めている時、料理人は自分のアイデアを試す機会が実はあまりないんです
ー シェフ・イン・レジデンスの企画についてはどう思われましたか?
山下:まず始めに聞いた時、面白そうだな、と思いました。今は開業に向けて準備している段階なので、ある程度自由はききますが、レストランで勤務しているとこういう企画に声がかかることはまずない。特に若いスタッフなんかは、自分の料理をいろいろ試行錯誤したいと思っていても、その日の仕事で必死だから難しい。
郡上に帰ってきて、自分でお店のコンセプトを考えたり、アイデアを実現させたりするのも面白いのですが、一方で、こういう企画に参加して料理をする、というのもまた視点が違って面白いですね。
実際に参加してみて、いろんな料理人にこういう企画に参加してもらえると良いと思いました。他の料理人とも一緒にメニューを考えたり、意見交換もしてみたい。たとえば、お店を持つとなかなか挑戦できない、コースメニューだけではないスタイルで提供してみるとか。そういうことが自分自身の刺激にもなりますし、新しい視点を獲得できそうだなと思います。
▲お客さまの自宅を訪問し、調理を行う山下さん
メニュー開発は試行錯誤の連続でした
ー 今回、山菜ツアーからレストランで提供するまでに一週間以上期間があいてしまいましたが、メニューの開発についてはいかがでしたか?
山下:山菜は旬のものなので、メニューで使いたいものが直前にはもう生えていなかったりと、食材の確保には苦労しました。
調理方法についても同様で、フレッシュハーブの感覚で使えば良いかな、とぼんやり思っていたのですが、全然違いました。フレッシュな状態で利用できるのか、ツアーでまわる時に実食して確認していたのですが、持ち帰って火を通したり、干したりすることでまったく味わいや食感、香りが変わってくるんです。
ー 山菜を使った料理と言うと、天ぷらや煮しめなど、調理法が決まっている印象がありますが
山下:そうなんですよね。今回皆さんに調理法を教えていただいている時も、そのようにおっしゃられていましたね。実際、お客さまに食べていただいた際も、「これまでやったことがない調理法だった」「こんな風にして食べられるんだ」と驚いてもらえたのがとても嬉しかったですね。
▲一晩だけのコースを楽しむみなさんの様子
お客さまと料理人との関係性は、これからどんどん変わっていく
ー 今回、3組・合計12名のお客さまに山菜をつかったオリジナルコースを楽しんでいただきましたが、終えてみていかがですか?
山下:これまでやったことがない試みだったので、お客さまに喜んでもらえるか、不安が大きかったのですが、今回いろいろ教えていただいた女将さん方に、新しい驚きを得てもらえて良かったです。
▲今回の山菜フレンチコースのメニュー。この他に、ベジタリアンに対応したメニューも提供した
▲山菜をふんだんに使った前菜
▲メインは地元で獲れたジビエ肉を、山下さん自身の手でさばいた
山下:今回は山菜をふんだんに使っていますが、メニュー自体は奇抜なものではなく、割とベーシックなものにしています。あくまで素材を生かして、フランス料理の調理へと落とし込んでいます。お子さんにも食べてもらいましたが、いつも食べている筍が新しい食べ方で美味しかった、と言っていただけたのが嬉しかったですね。
ー COVID-19の影響で、固定の場所でレストランを開く形とは別のスタイルの試みでしたが、今後レストランの形はどう変わっていくと思いますか
山下:今回のような、出張レストラン型はひとつの形だと思います。オンラインでのレシピ公開や動画配信なども増えているし、料理人と消費者の距離がどんどん近づいていくのは面白いし、良いんじゃないかと思います。
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参加いただいた料理人のプロフィール
山下一宇(やました かずいえ)
岐阜県郡上市八幡町出身。高校卒業後、国内外のレストランで修行を積み、2019年 郡上にUターン。現在は郡上市内でフレンチレストランの開業を目指して準備中。
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クレジット
編集協力:小林弥生
主催・聞き手・文・写真:NULL DESIGN オオツカサヨコ