【中学受験奮闘記】 序章(前編)
突然ここで中学受験について語ってみる。というのも、あまりにもここ数ヶ月頭を支配されすぎていて、思っていることを整理したいけど人に話すにも一方的になってしまうので文字に起こそうと思う。
ちなみに受験はまだ終わっていないので、これは合格体験記ではない。悪しからず。
我が家の現在の状況
我が家の今の状況はこんな感じ。
現在子供は小6
公立中高一貫校志望で個別塾に通塾中
学校の成績は中の中
親はフルタイム共働き
父は中受経験あり、母(筆者)は経験なしで知識ゼロ
そして今に至った経緯を以下に記録してみる。
【3年夏〜秋】 すべてのはじまり
我が家の受験ジャーニーが始まったのは3年の夏ごろのこと。
4年になったら学童はもう入れないかもしれないと聞いていたので、放課後の過ごし方を考えていたところ、惰性で続けていた公文(先取り学習と学習の習慣づけが肝なのにどちらも実現できていなかったし、文章問題の対策ができないし、値上がりもしたのでそろそろ辞めようと思っていた)を辞めて、いわゆる「塾」に通おうか考え始めた。
とりあえずどこかに入ろうかと、近所の塾に片っ端から資料請求したところ、受験をするか否かを決めてからでないと塾選びもできないことに気づく。
地元の中学の評判は悪くなく、もともと中学受験はしなくてもいいでしょ、という話は夫婦間でしていたけれど、本気で考えてみるとそれでいいのか?とイマイチ確信が持てず。子供の性格的に小6になって突然受験したいと言い出す可能性もゼロではなかったので、とりあえず本人が受験に興味があるのかどうかを知るため、受験についての漫画(受験に対して中立的な内容。やや賛成かな。)を読ませてみた。どう感じたか聞くと「やってみたいかも」とのことで、中受コースありの塾探しを開始。
そして私はこのタイミングで下の子の妊娠が発覚。夫に塾探しの全てを託す。
【4年春〜5年春】 初めての塾に苦戦
下の子が生まれて半年経った頃に、夫チョイスの塾に入塾…しようと思ったけど入塾テストに落ちる。
まさかの展開だったけど、専用のテキストで勉強して(夫が全面的にサポート)2回目でギリッギリの点数で合格して無事入塾。クラスは下から2番目。
初めての塾だったので何も勝手が分からず、すべて「こういうものなのか」と思うしかなかったが、転塾した今振り返るとかなり特徴的な塾だった。
毎回配られる大量の冊子型テキストを管理するだけで骨が折れるし、家庭学習の内容も難しすぎる上に答えがないので親のサポートが必須。
下の子がまだ赤子だったので私はほとんどノータッチで、夫が仕事の後に見てあげていたけど、明らかに難易度が子供に合っていなかった。
そして子供から聞く先生の言動も受け入れがたいものばかりで、個人的には一刻も早く辞めさせたかったが、せっかく頑張って入ったし…という気持ちから、親も子もなかなか踏ん切りがつかなかった。
余談だが、この頃は下の子が生まれたり、家の引っ越しがあったりして、環境の変化で子供が精神的に不安定になっていた。
泣いたり怒ったり、感情がうまくコントロールできなくて、心配になった私がスクールカウンセラーに相談したりもした。
結局、環境の変化によるものだから様子見しましょうと言われ、実際に徐々に落ち着いていった。
【5年夏】 退塾と葛藤
塾の勉強に追いつけず、かといって猛烈に勉強していたわけでもないので、定期テストの結果も上がるはずもなく。
結果が出ないので本人のモチベーションも日に日に下がっていった。
たまに私と夫に余裕があるときは、暗記問題に協力したり、わからないところをフォローしたりして、そういう分野はわかりやすく点数をとれていたので、当たり前だがやればやるだけ点数が上がることはわかっていた。だけど、我が家の今のライフスタイルと、子供の性格を考えると、どう頑張っても長くは続けられないし、そもそも御三家を目指すわけでもないのに、何を目的としているんだろう?と漠然とした疑問にぶち当たる。
先生からも、ちゃんと勉強していますか?と度々お叱りの電話がかかってきた。かといって、定期面談は一度もなく(これも今考えるとびっくり)具体的にどう頑張ればいいのかを事細かく説明してくれるわけではなかったので、やはりこのままでは支払う料金と子供のやる気が反比例していくだろうということで、5年の夏期講習で成績が上がらなかったら退塾することを決意。
同時に、親が勉強フォローをするには限界を感じたので、夏の間だけ個別塾と掛け持ちをすることに。
しかし、個別と掛け持ちをしても成績は上がらなかった。
ここまでに夫婦や親子の間で数え切れないほどの衝突と議論があり、本当に受験をすべきなのかという根本的な質問を、お互いに何回も何回も問いかけあったが、親は常に受験はしなくてもいいというスタンスであった一方、子供は悩みながらもほぼ毎回「受験したい」という結論に至っていた。
その意志に行動が伴っていれば、親の私たちも快く同意できたが、当時の子供の生活は学校から帰ったら毎日友達と遊びに行き、塾の勉強どころか学校の宿題も自主学習のみだったのでやったりやらなかったりな状態(受験したとしても私立だと思っていたので、当時は学校の成績を私も気にしていなかった)。
それなのに、「遊びたいならそれでもいいよ。受験はしなくていいんじゃない?」と問いかけると「いやだ。やりたい。」の一辺倒で、この頃は本当に親子ともども混乱と葛藤で苦しかった…。
はっきりしない子供へのフラストレーションと、まだ子供なのにそこまでコミットさせないといけないことの辛さと疑念、結果的に泣いたり怒ったりさせていることへの罪悪感が募る。
親としては、難しい選択かもしれないけど自分で決めてほしかったし、決めたなら腹をくくって突き進んでほしいという気持ちがあった。
誘導尋問にならないようにかなり気をつけるようにしていたが、何回聞いてもやはり本人が「受験したい」という気持ちは変わらなかった。
親子の向いている方向がすれ違ったまま、とりあえず集団塾は退塾。
個別塾は続けるの?何のために?という状態に。
【小5秋〜現在】 転塾と方針変更
その後何か大きなきっかけがあったわけではないが、本人から個別塾は続けたいと申し出があったのと、受験をしないにしたって、やはり何かしらの勉強を継続する必要はあるだろうということで、なんとなく個別塾は続けることに。
この時期は私立の学校見学や説明会にも少し参加していて、見るのはタダだろうということで名門校も含めて数校見に行ったが、果たして高い学費を払ってまで我が子をここに通わせる価値があるだろうか?と考えると疑問が残った。
教育レベルが高いことや、地元中学にはないようなプログラムがあったりすることは魅力的なので、だったら公立の中高一貫がいいのでは?と思い始める。もともと、中高一貫校は高校受験を挟まずに6年間好きなことに没頭できるところが魅力的だと思っていたので、私立である必要はないのではないか?と。
当時の塾長にも相談して、私立と公立では勉強内容が全く異なるので、それであれば公立の方に舵を切っていきましょうとなる。
ということで、公立中高一貫の対策が始まった。
私立の勉強と違って、一見覚える内容が少ないように見えるのでギャップに不安になりつつも、子供は文句も言わず通うようになったし、担当の先生にも慣れたようで安定的に通塾できるようになった。
ただ、学校の成績が特別いいわけでも、適性検査型の試験で求められるような思考力や読解力が特別あるわけでもなかったので、初めての模試の結果に愕然とする。茨の道であることを痛感する。
長くなりそうなので、今回はここまで。
次回は今やっていること、感じることなどを綴っていこうかと思う。
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