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1986年明治製菓「LUCKY(ラッキー)」CM撮影
ビートたけしの専属的スタイリストといえば日本の元祖スタースタイリスト堀切ミロさん(2003年没)であったが、それはTV出演時の話で、メディアやCMの撮影ではイメージやコンセプトがカッチリ決まっている場合が多く、大抵スタイリストも決まっている。
1986年の明治「ラッキー」のCM撮影もそのひとつで、スタイリストは北村道子さんだった。
──俺は北村道子さんを知っていた。前年に観た森田芳光監督作品『それから』の衣装群が鮮烈で、エンドロールで確認した北村さんの名が忘れられなかった、それだけに、まさかこんなに早く会えるとは思っていなかった。
このCMではタイアップ曲『I FEEL LUCKY』もリリース。
ビートたけしの楽曲としては前代未聞の全編英語の歌詞。作詞はMICHEL MAOこと故景山民夫、作曲は中崎英也。
浅香唯「Believe Again」、アン・ルイス「WOMAN」、小柳ゆき「あなたのキスを数えましょう 〜You were mine〜」など数々の名曲を手がける作曲家がこういった曲を手がけるミスマッチ感がバブル期の特徴だった気がする。例えばたけし軍団ImageDown(松尾、柳、ダンカン、井手、ラッシャー)がライブで披露した『咲かせてヴィーナス』(未リリース)も作曲は久保田利伸で、サエキけんぞうさんには申し訳ないがCountDownの曲より俺は好きだった。
──本題に戻るが、このシングルジャケットで使用されている衣裳はCMで使われているものと同じ──というより同じスタジオで同時進行で撮っているのだが──で、実は北村さんが用意したCOMME des GARCONS製。ライン名は忘れもしない“robe de chambre COMME des GARCONS”だった。極端なスクエア・トゥでゴールドの派手なスリッポン・シューズも用意されていたが、殿が宙づりになるアクションのリハーサル中に煩わしく感じた事で「なしで行こう」とし、本番では素足で撮った。
今回これを書くにあたり、検証・裏付け作業として北村さんの著作『衣裳術』、『衣裳術2』を読み込んだが、実は前述の映画『それから』は北村さんが関わった最初の映画だった事を知る。故松田優作のたっての希望だったという。ここでひとつのエピソードがあった。
↑森田芳光監督の「それから」
撮影後半、松田優作と徹底的に喧嘩になった。エンディングのシーンで、彼は白の帽子に白のスリーピースを着たいと申し出た。わたしは断った。それは鈴木清順の映画に思えたから。「じゃあ、おまえ1週間後にそれよりイケてる衣裳を持って来いよ!」と言われて、「わかったわよ!」って言いつつどうしよう......と思ったそのとき、コム デ ギャルソンに辿り着いた。前身にごろがふたつくっついているジャケットに。コレクション用のサンプルだったんだけど、プレスが担当の方にお願いしてお借りした。それを見て、松田優作降参したの。それから松田優作との距離は縮んだ。
今回のCM撮影の依頼はタイミング的に映画がクランクアップ間もない頃だったと考えられるから、もしかすると今回ギャルソンの選択になったのは『それから』の余韻があったからなのかもしれない。
この日の撮影では自分も微々ながら出演があり、出演者扱いでもある事からボーヤの仕事も菊池マネージャーが「今日はいいよ」と気遣ってくれた。そこに甘え、休憩時間に殿の目が届かない場所で、自分がファンである旨北村さんに告げた。
「そうか、おぬしも洋服が好きか」と端正な容貌の北村さんは好意的に対応してくれた。僭越ながら軽い議論もした、思っていた以上に魅力的な女性(ひと)だった。
ちなみに年齢を整理すると殿は1947年1月18日生まれでこの時39才。松田優作は3才年下の1949年9月21日、北村さんは1949年で松田優作と同級生、この時36才。
──このCMには3パターンあり、殿と軍団によるものとセピアも加わったものと“ラッキー缶詰プレゼント編”だ。
今回自分を探してみたが、右側で派手に飛び跳ねていた。いつもは映らないように陰に隠れるのだが、北村さんに会えた喜び故だったか。「ラッキー缶づめ編」は完全に別撮りで殿と軍団も別々に撮っていた。
殿はこの撮影を終え「この衣裳借りとけよ。ライブで使おう」といい、北村さんに断り持ち帰ったのだが、結局使わず返却した。殿はこういう貧乏性のところがあり、何かと衣裳や小道具を持ち帰りたがる癖がある。
話は変わるが明治ラッキーは江崎グリコの「Pocky」に真っ向から殴り込みを掛けた勢いそのままに、CMもキャスティングが攻めており(そのわりにはグリコが“Pocky”なら明治は“Lucky”とネーミングが安直)、殿の起用以前には大御所やすしきよし師匠にZELDAの「 Are You “Lucky”? ―ラッキー少年のうた」をジョイントさせている。このノリもバブル期っぽい。
だらだらと書いてしまったが、自分にとっては北村道子さんと会えた事で、殿の傍にいられた事に感謝した。そんな軽い事ではいけないのだが、ボーヤは各界一流の人物に会えることは大変に意義があり、今でも心の財産だ。