2.出会い
その日、イチは素敵な女のコを見つけた。
時間は二時限目の授業が始まる前の短い休み時間であり、場所はキャンパスにいくつかある「大教室」のうちの一つだった。
その教室では、後部にある扉から前部にある黒板と教壇に向けて下りの傾斜がついていて、階段状に一段ずつ席が並んでいた。
これはもちろん、後ろの席からも黒板と教壇が見やすくなるための配慮である。
その傾斜のおかげで、イチはちょうど目の前の席に座っている女のコの様子を、一段高いところからじっくりと観察することができた。
まず始めにイチの目を引いたのは後頭部。
少し長い髪を結わえ上げていたので、ちょうどイチの目からよく見える高さのところで白いうなじをあらわに見せていた。
このときのイチに限らず、男性一般の目をどうしても引きつけてしまううなじの素晴らしい特徴とは、
そのまま下にたどっていくと、まばゆく透明な白い背すじをとおって丸い尻と愛しい肛門につながっていくだろう体の連続を語りかけてくることだ。
うなじを見ることで男性は、その下にはまぎれもなく、いつも追い求めている一個の完成した女性の肉体があることの証を得る。
イチの目が次に向かったのは、その女のコの腕だった。
細くて柔らかそうな腕は、すべすべして触り心地がよさそうで、触れた指に少し冷たく感じるその温度までも感じとれるようだった。
さらに、その肌のなめらかさが脱毛によって実現されていることの証として、半そでシャツの袖口のうしろ側のところに、うすく短い毛のわずかに残っているのを見てとることができた。
それもまたイチにとっては好ましく思えた。
というのは、イチにとって、現実に美しい女のコが目の前にいることも大事だったが、
その女のコが美しさを自ら希求していて、そのために実際にいくつもの手立てを講じているという事実もまた大事だったから。
それは女性の世界だけに属する心理と行為であり、残された毛はこの女のコがそんな女性の世界に属していることを示していた。
女のコはリプトンのミルクティーの五百ミリパックとアイフォンを机の上に置いていて、イチはこれも気に入った。
これはつまり、生活の中で消費を自然にこなしていることを意味していた。
きっと、どこかでアルバイトもしているのかもしれない。
つまり、この女のコは生産と消費の経済的サイクルの中で、一定の場所を占めている。
こうした全体が、イチにとってこの女のコを魅力的に見せていたことに加え、きわめつけにその女のコは本を読んでいた。
そして、読みながら何かをノートに書きつけていた。
何かレポートなどに使うのか、資格の取得を目指しているのか、それとも単なる探究心や楽しみにもとづくものなのかはわからなかったが、いずれにせよ女のコは勉強をしていた。
それはこの女のコが「地に足のついている」ことを示していた。
「地に足のついている」というのは、明日自分が死ぬかもしれないとか、自分が天才かもしれないとか、そういう突飛なことを考えないということである。
将来のことを考え、目標を設定し、そこから逆算して今の自分がやるべきことを割りだし、それを実行していた。
この女のコはイカレていない!
イチはこの女のコを目にして十秒ですっかり気に入ってしまった。
しかし、まだ最後の一点、しかも最も重要かもしれない一点が残っていた。
この女のコの顔を見ていなかったのである。
そこでイチは、教室の最前列に置いてあるレジュメを取りに行くために席を立った。
イチは早めに教室に入っていたから、もちろんすでにレジュメは受け取っていた。
しかし女のコの顔を見るためだけに、わざわざレジュメをカバンにしまって隠してから、もう一度教室の最前列まで取りに行ったのだ。
レジュメのプリントを一枚取って自分の席へと戻りながら、イチは女のコの顔をさりげなく確認した。
その姿を前から見たとたん、イチは重力が逆転したかと思った。
というのも、血流を始めとする体液が頭に向かって逆上しているように感じ、あやうく嘔吐するかと思うほどの高ぶりを感じたからである。
顔が可愛らしいのももちろんではあったが、服装や姿勢、身振りや体つき、何もかもが奇跡のようなバランスでイチの目の前に提示されていた。
そう、イチはそれをまさしく奇跡だと感じた。
イチは普段から、自分がぜひ出会いたいと思うような女のコを心の中によく思い描いていた。
ところが、イチが心の中に思い描く女のコというのは結局のところ、それまでにイチが目にしてきたあらゆる材料を総動員して自分の力で思い描いたものであり、その意味ではイチの中から生まれたものであるから、
イチは自分で自分を食っていたようなものだ。
今、現実にイチの目の前にいる女のコはというと、イチが初めて出会う女のコであり、イチの力だけでは絶対に思い描くことができない女のコであり、イチの期待の外にいる女のコなのである。
イチの期待できるうちで最も高い期待とは別に、まったく異なる角度からの新しい果実が目の前に現れたのであるから、それはまぎれもなく奇跡なのである。
イチはどうしてもこの女のコとお近づきになりたいと思った。
この女のコは他にいないし、唯一無比のこの機会を逃したとしたら、もう一生涯にわたってこの女のコと無縁の道を歩まなければならないことになる。
イチの心はとてもそんなことには耐えられないと思った。
そこで、この授業のあいだ、イチはこの女のコの後ろ姿を目で堪能して楽しむと同時に、どうすれば自然な形で知り合いになれるかをずっと考えていた。
書く力になります、ありがとうございますmm