第156話「幸福飲料」
甘ったるくて、少しだけ酸味が喉に残る味でした。
あのジュースを口にしてから、もう一ヶ月が経ちますが、僕の身体はまだ多幸感で満たされています。
心の奥深くに、温かな幸福の源泉が宿ったように感じているんです。
くすんでいた世界が、きらきらと輝いて見えるようになりました。
カーテンの隙間から射す一筋の朝日。空の青。頬を撫でるそよ風。小鳥たちのさえずり。通学する小学生たちの弾むようなかけ足。
全てが美しく感じます。
マーガリンを塗っただけのトーストの優しい甘さに心がとろけ、テレビの中のお天気お姉さんの細やかな心遣いに愛を見出せるようになりました。
あんなに嫌悪していた満員電車も、遊園地のアトラクションのように楽しんでいるくらいなんですよ。
足を踏まれても、肩をぶつけられても、柔らかな笑みが僕の表情から抜け落ちてしまうことはありません。
頭の固い上司、らちが開かない不毛な会議、理不尽な取引先なんかも、今では愛おしい存在として捉えられるようになりました。
世界がこんなにも美しく、喜びや愛に満ち溢れていることを知ったんです。
僕の幸福感を脅かすことは、もはや何者にもできないでしょうね。
あのジュースを飲んだ効果は、絶大だったんです。
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