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 俺は今まで自分が馬鹿であることを、勉強ができないと言う事を気にしたことがなかった。と言うのは俺の親父は、もっと言えば俺から見て曾祖父にあたる代から俺の1族は大工の家系だった。だから俺は生まれながらにしてすでに将来の選択権を奪われた状態だった。
 だが繰り返しにはなるが、それを嫌だと思う不条理だと思うこれまで1度も思った。むしろ俺は物事の判断を遅らせたりよく逃げたりしていたから、大人になって金を稼ぐってなった時、幼い頃から間近で見ていた爺ちゃんや親父の仕事に就けると考えたときに感じた安心は計り知れないものだった。
 だから義務教育の10年弱は俺にとって消化試合でしかしかなかった。鉛筆、消しゴム、机、教師、黒板、そのどれもが俺にとっては、まるで安上がりなドラマ小道具のようにしか思えなかった。
 その中で唯一心の支えになったのは、やはり同級生だった。今思えば年甲斐にもない事を俺は友人によく聞いたものだった。〇〇君は将来何の仕事するの、この宿題をやって何の役に立つ、誰と結婚するの。全く意地悪な気持ちではなく、心の底から興味があって、俺の人生は既に決まっていたから、代わりにみんなの人生計画を聞いて、その後家に帰って、今度は俺がその子になり代わって、彼らの人生を想像でしかないが追体験して楽しんだ。
 その中でも花子は頭がよかった。ただテストの点数が良かったと言うのではない。他の同級生がしゃべっているのは間違いなく俺がいつもしゃべっている日本語に違いはなかった。しかし俺は彼らが時々何を言っているのかわからなかった。それはまるで外国人のスピーチを聞いているときのような、音声は聞き取っているのだが肝心の意味の方が全く手に取れず、そうなって少なくとも俺ができる事は、この人はおそらく俺の考えがつかない位頭が良いのだと、思うだけだった。
 それでも、花子は俺としゃべっていて、途中で俺はアホ面でもしていたんだろうか、俺が彼女の言葉を理解してないと言う事に気づくと、すぐ俺でもわかる言葉遣いに直してくれたのだった。その気配りの中に俺は、彼女の視野の広さ、賢さと優しさの調和を感じたのだった。
 当然花子はそのまま高校に進学した。俺も実は中学を卒業したらすぐに父親の知り合いの親方の下で大工の勉強をすると言うことに約束していたが、率直に言って、俺は花子に憧れていた。女子として好きと言うことにあったかもしれない。しかしそれ以上に彼女を尊敬する感情が強く、俺は今まで見向きもしてこなかった可能性に誘われて、そして俺も高校に進学することにした。しかし親との約束があったから、昼間は働いて働くことができる定時制の高校に進学することにした。
 その頃からである、俺が自分の無学を恥ずかしいと思うようになったのは。
 まず俺は掛け算ができなかった。字が下手だった。どんなに力を込めて逆にどんなに力を入れなくても俺は自分の名前すらもうまく書くことができなかった。
 それを馬鹿にしてくる同級生や教師は別にいなかった。俺の他には中学の時不登校だったやつ、赤ん坊を抱っこしながら出席しているやつ、若くして嫁いだから高校に行けなかった、老後になって時間ができたから、どうせなら高卒資格を貰って最期の準備をしたいという婆ちゃん、など様々いて、皆自分のことで精一杯だったから、俺の阿呆にいちいち反応するということはなかった。
 そしてもし花子が隣にいたとしても、それをからかうと言う事は絶対にしなかっただろう。しかし俺の心の中でいつも馬鹿にしてくる声は必ず花子のものだった。そして、花子に擬態して俺をコケにしてくるのは、間違いなく俺の自尊心だった。俺は自分の卑怯が嫌になった。
 その頃からもう一つ俺の癖ができた。それは恥ずかしいと思った直後にヘラヘラ笑ってごまかす癖だ。本当に楽しくて、面白いと思っていて笑うのではない。ただ自分の無学ばれるのが不安で、ただ自分が馬鹿なのが嫌で、笑うのだった。
 中学を卒業してからしばらく会っていないと言うことで、久しぶりに俺は花子と遊ぶ約束をした。
 俺はきっと金の計算ができないだろう。道に迷うだろう。時間を逆算できないだろう。でも、それでもきっとあの子は気づかないふりをしてくれるはずだ。
 それに対して俺の方では、中学の時よりは幾分か賢くなった、つまり自分が馬鹿であると自覚することができると言うことを花子に見せるのだろう。あのヘラヘラ笑いと共に。

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