12/6
太郎は、黙って、腕を組んで、テーブルを見つめていた。それはある冬の日の、6畳1Kの彼の部屋の中でである。
窓の外では木枯らしが吹き、冬晴れで、むしろその太陽の明るさが相対的に風の冷たさを強調しているのだったが、出不精の太郎には知る由もないことであった。
彼は別に何かを悩んでいるわけではなかった。腕を組んで黙ってうつむいている人が皆不幸せでなければならないと言う法はない。彼はむしろ恵まれている部類だった。
ちょうど先程まで彼は外に行って、駅前の行きつけのラーメン屋で腹を満たし、食後の運動がてら、アパートと駅は2キロほど離れていたが、歩いて帰った。
帰ってきてからどれくらい経っただろうか、彼はずっと黙って、テーブルを見つめている。そうしていると、なんだか、いつもは楽観的な太郎であったが、その姿勢をとっていることで、自分には悩まなければいけないことがあるような気がしてきた。
すると突然、インターホンが鳴った。備え付けのモニターには若い女性が写っていた。太郎はチェーンをつけたままドアを開けた。隙間から応答する。するとどうやらWi-Fi回線の営業らしかった。彼は話し始めてすぐにセールスだと気づいたが、他にすることもないので、その女性の営業に少し付き合うことにした。
彼女によれば、その会社のWi-Fi回線にすれば今よりも安くかつ早くインターネットが使えると言う。確かに太郎は最近、回線の不具合が気になっており、料金プランで契約したときに今まで、少し損をしている状態だったのだ。
だからその会社の回線にしたところで、彼としては困るどころか、助けることの方が多い気がした。太郎は女性の心に流されるままに、住所と電話番号、諸々の個人情報を渡された紙に書いていた。
記入した紙とペンを彼女に返すと、彼女はしばらくそれを見てから、ふと言った。
「何か、お悩みですか?」
彼はドアを締めた。鍵を強く回した。何が気に触ったのか太郎は自分でもわからなかったか、少なくとも彼は次のような仮説を立てた。
つまり、それまでの女性の説明は、言ってしまえばマニュアル通りの、提携の文句であった。ただその裏には彼女の「実績を出したい」「仕事がしたい」と言う正直な欲望があった。しかし最後の言葉は、彼女のアドリブであり、何もその言葉がなかったとしても、契約は取れたはずなので、ほんの気まぐれだった。
彼は嘘が嫌いだった。太郎はまたテーブルに戻り、腕を組んで、黙って座っていた。少し、遠出でもしてみようか。場所によれば、まだ紅葉が綺麗なところもあるかもしれない。