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そこで太郎は、同じクラスの花子に頼ることにした。花子は学年でも第一と言っていいほどの変わり者で、いつも肌身離さずトランプを1デッキ持っていて、休み時間にはそのトランプを使って、占い師のようなことをしている。
また、彼女はふとクラスの同級生のそばに行き、肩を指して、おばあさんの霊がついているとか、あなたの守護霊は悲しい顔をしているなどと言って、大抵の生徒は相手にしないのだが、中でも気の弱い生徒は、急なことに驚いて言い返せず、そのまま彼女の信者になってしまうものもいた。
そして太郎が花子について最も気に食わなかったのは、彼女はいつでも真面目くさった顔つきでいることだった。それは学年主任のS先生や、彼の父親と似たような顔つきだった。そのような顔を見ると太郎はいつでも説教されている気分になって、嫌だった。
そんな花子を太郎は心底見下していたが、今のような状況になってしまっては、逆に彼女のようなオカルト人間は心強い味方に思えた。
とある放課後、太郎は勇気を出して、例によって机の上にトランプを並べて、相変わらずの顰め面、取り巻きたちの運勢を占っている花子の所へ行って、話しかけた。
花子は取り巻きたちに先に帰るように言って、周りに人がいなくなったのを見て、太郎は例の動画を彼女に見せた。
一部始終を見終わり、太郎は花子の様子を伺った。花子はトランプを片付け始めた。そして面倒くさそうに、いつもより眉をひそめて、太郎に次のように言った。
私はこの活動(多分占い師のことだろう)を趣味とは言え、ゆくゆくはこれで生計を立てようと考えている。だからクラスのみんなの相談には乗るし、私にできることがあれば喜んで協力する。影で私のことをどう言おうと勝手だが、こうやって面と向かってバカにされたのは初めてだ。フェイクの動画で私を陥れようとして、〇〇君は確かにそこまで話したことがないけど見損った、と。
太郎はしばらく黙って花子のことを見つめていたが、ようやく彼女が怒っているということ、彼女が大きな誤解をしていると言う事に気づいた。
太郎はどうにかこの動画が作り物ではないことを説得しようとしたが、花子は聞く耳を持たなかった。このままでは太郎は家に帰ることができない。そこまで話し込んだ覚えは無いのに、時計を見ればもう18時を過ぎていて、あたりはすでに夜の気配だった。花子はトランプを片付け終わり、それを制服のポケットにしまいバッグを持って帰ろうとした。
太郎は困った。小さい頃は怖い映像を見て寝られなくなるということがよくあったが、この年にもなって、1人で帰れない、夜道が怖くて帰れないと言う事実に直面することになった。
しかしその旨を花子に伝えて、どうするというのだろう。学年一の変わり者、しかも忘れてはならないのが、彼女は一応女子だと言うことだ。同い年の女子に、夜道が怖いから一緒に帰ってほしいなどと、口が裂けても言うわけにはいかなかった。
「夜道が怖いから一緒に帰って欲しい」
太郎は教室を出ようとする花子の背中に向かって言い放った。突然のことに自分でも驚いて、その後すぐに自分の口を確認したが、特に怪我もなく、当然、裂けてなどもいなかった。
花子は振り返った。夕闇の薄明かりの中、もう少ししたら完全に暗くなって表情も見えなくなってしまう、その直前のことだった。花子は笑っていた。普段の顰め面のせいか、太郎にはその笑っている花子がいくらか幼く見えた。
見とれている暇もなく、辺りは完全に暗くなってしまった。花子の顔ももう見えない。
「下駄箱で、先行ってるから」
花子のいた方向から声がした。相変わらず捨て吐くような言い方ではあったが、太郎には、その声色に、まだ先ほどの笑いの余波が残っているような気がした。
足音が遠のいていく。太郎は急いで自分の荷物をリュックにまとめて、真っ暗な教室を後にした。
問題は何も解決していないが、とりあえず駅までは安心して良いと太郎は思った。ただその安心だけではない。彼は自分の心の中に、何か明るく光るものを見つけたが、それはすぐに真っ暗な廊下への、幼い恐怖に飲み込まれていった。
太郎は下駄箱へ急いだ。
(ふりかえり)太郎は興味本位で自分の寝姿をビデオに撮りたくなった。すると心霊映像のようなものを撮ってしまって、それを花子に相談しに行った、なんていうふうにすれば花子のオカルト女設定も活かされるだろう。途中から始めた感じにしたらどうなるかという実験。花子の顔については最初に夕闇の場面を思いついて、そこから遡上して、所々に彼女の「顰め面」の記述を付け足した。口が裂けても言えない、と大きく出た後すぐに言ってしまうというのが、ハイライトである。会話を花子の「トランプを片づける」という動作で縛る、同時進行させる。また「日没」も大まかなもう一つのリズムである。あまりにも正直なのが花子の、顰め面の裏にあった笑いを誘った。恋愛の色を避けたくて最後は「幼い恐怖」で茶を濁した。「幼い」という言葉をくさびにして、逆に食い違わせる。a花子の笑顔 b夕闇、α何か明るく光るもの β幼い恐怖の対句。でも、太郎は身体的には花子のところに向かうという、バランスを取った。二人の掛け合いのところは会話文に直せそう。太郎が花子に相談したところで枝分かれ。花子が話に乗るか、断るか、後者。断ったら太郎が食い下がる、それでやりとりが生まれた。誤解、花子をただのオカルト変人にしたくなかったのか。話に乗った場合、その後一緒に太郎の家に行くとか、見下していたという前振りがあるので最終的には花子の信者になるとか。オカルト好きなのに心霊映像を「フェイク」と言い切ってしまうという意外性が欲しかったのかもしれない。心霊にビビっているという状態があったからそれを活かすために18時、暗くなる時間まで伸ばしたのは、いい判断。明るいままだったら花子はそのまま帰っていた。別に表情はずっと見えててもよかった。思いつきで太郎の内面の記述がなければ浮いていただろう。花子は孤立していてもよかった。でも太郎が花子の信者になるとすれば、一対一ではなくワンオブゼムになるからそれも面白い。とりあえず笑わせるのは、便利かもしれない。「どうするというのだろう」で意識が流れちゃってる。「飲み込んでいった」勢いで「飲み込んでしまった」にしなくていい。口惜しさとか残念さを滲ませてはいけない。