となりのあなたの愛し方
凡庸だけどドラマチックな人生を愛する「君」へ
商業BLみたいな人生
熱く灼けた鉄板の上にはお好み焼き、こちら側にはハイボールとご飯、そして向こう側には長い付き合いの友達。
僕と友達は、時々こうやって酒と熱気の揺らぎの中で語り合う。頬を赤らめた僕らが揺らめきながら語る乱雑な言葉は僕らだけに通じる符牒、それでいて、明晰な彼が繋ぐ言葉はゆらゆらゆれる蜃気楼のように遠くの世界を映す魔法の言葉だ。
「商業BLみたいな人生」
それは、そんな秘密の集会で、いつだったか繋がれた言葉。世界の揺らぎの中で僕が見つけたそれは、僕だけの綺麗な世界の断片だ。
ゲラゲラと二人で笑いながら、いつしか僕は、僕の物語を面白おかしく語るようになった。こんがらがった人生と、笑っちゃうようなエピソード。僕と誰かの揺れ動く気持ちが動かすストーリー。
確かにそれは本当に商業BLマンガのようだった。ただ僕の人生はまだ完結していないことを除いては。
愛の多い人生
同性愛者でカトリックの日本人だなんて、僕の人生は文句なしにレア枠だ。
しかも、それをハズレだと思ってないから我ながらタチが悪い。
変な配牌から始まった僕の人生は、次から次へと変な手牌が舞い込でいて、気づいたら直ぐに蛇行運転。まっすぐ進めない複雑怪奇な半生だ。
人と違う生き方は辛いこともあるし、疲れる日もある。だけど、人と違うからこそ楽しめることもあるし、できることもある。
そんな僕の人生は凡庸だけど、きっと人より少しだけドラマチックだ。
世界を愛し、隣にいる人を愛せと命じる僕の神様の言う通り、愛を見つけて、愛を伝えて、愛について考えて、愛について教わって、愛について語ってきた。
彼ら達と彼女ら達の好きが噛み合っているとなりで、いつも「君」の好きと「僕」の好きは噛み合わない。
きっとそれは凡庸で、それでいて、人よりちょっとだけドラマチックだ。
箱の中の猫、足先まで痺れるドラムの音、四角い電子の窓の中で踊る文字、色とりどりのカクテル、100万個のサイコロ、夕焼けと夜の境目、朝の街に転がる吐瀉物、大きな橋脚……。
愛しい世界の綺麗な欠片を集めながら、もっと世界を愛せますように、そう願いながら突き進む日々。
プラトン先生はこう語った、孔子先生はこう言った、イエス様はこう例えた、トマス先生はこう纏めた、デカルト先生はこう疑った、ミル先生は、ニーチェ先生は、ウェーバー先生は……。
綺麗な世界の愛しい断片を繋げながら、となりのあなたがもっと世界を愛せますように、そう願いながら語り合う日々。
そんな日々を、例の友達は長い間ずっと一緒に歩いてきた一人なんだけど、商業BLも僕が長い間一緒に歩んできたものの一つだ。
いろんな男と男の恋模様を描くエンターテイメント。
「僕ら」を笑う人が社会にたくさんいるのと同じように、「彼ら」を笑う人も社会にたくさんいるのは知ってるけれど、僕は何かに焦がれる彼らの物語や、愛と向かい合う彼らの物語が好きだった。
それは、凡庸で少しだけドラマチックな物語だ。
「彼」の人生
そんな僕は今年も素晴らしい作品に出会うことができた。
そして、BLマンガの中の「彼」に向けられた言葉が、BLマンガみたいな「僕」にも届いてしまった。
少し長いけど、引用させて欲しい。
まっすぐな言葉だ。それに、何かとても大事なことを伝えられた気がする。
そして、やっぱり世界は不思議だ。
ちょうど僕はそのしばらく後に、ふと思い立って数ヶ月ぶりに教会の日曜日の集会に行ってきた。そしたら、その日に朗読されたこんな言葉を聞いてきたのだ。
それは、「彼」を諭した言葉と、きっと同じことを説いていたんだろう。
まっすぐな言葉に沿うように、透明な補助線が僕の世界に引かれ直した瞬間だった。
ちゃんと読み返してみたら何のことはない。
そこに説かれていた言葉は、「となりのひとを愛しなさい」ではなかった。
きっと「彼」が見落としたものと、僕が見落としていたものは同じものだ。
そして、マンガの中の「彼」が複雑に考えていたことと、マンガの外の僕が「君」と噛み合わなかったことは、きっと同じことだったんじゃないだろうか。
僕の世界に引かれ直した補助線。僕の集めてきたものの重みで歪んだ僕の世界をまっすぐ進むその線は、きっと光の道筋のように綺麗なはずだ。
「僕」の人生
2024年に、僕は、ある人に愛を伝えた。
今までに愛をたくさん伝えてきたけど、あんなに、まっすぐに想いを伝えられたのは初めてだった。
それが今年の僕が「新しくできるようになったこと」だ。
僕らの人生
ちなみに、この話には後日談がある。
最近ふと思い立って聖書を読んだときに、僕はこんなフレーズを見つけたんだ。
聖書ってのは、実はいろんな書物がまとめられた構成をしている。これはその中の聡明な賢者が長い人生で見出したことを後世の者に伝える言葉だ。
今度の引用は短いし、それに、君に届いて欲しいから、どうか読んでみて欲しい。
やっぱり僕らは凡庸で、それでいて人よりドラマチックな人生に恋焦がれずにはいられないものらしい。
おわり
あとがき
この記事は『2024年に新しくできるようになったこと、トライしたこと』というアドベントカレンダーの19日目として書いたものです。
また、同時に『私の発見』も連載中です。