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名探偵の恋

名探偵明智小五郎は、『魔術師』という作品の中で、後に妻となる文代と出逢う。
新聞のコラム(2024. 9.22 日本経済新聞朝刊『日本語日記』)で、初めてそのことを知った。
興味をそそられ、例によって青空文庫で読んでみた。


明智小五郎もひとりの男。
原作の表現を借りると、
恋知らずの木念人でも
推理一点張りの鋼鉄製機械人形でもなかった。
旅先で知り合った大資産家の令嬢の魅力に友達以上の懐かしさを感じ、急接近。
これは恋の始まりなのか。

明智小五郎が、次のように自問自答するくだりがある。

お前は何を甘い夢を見ているのだ。年を考えて見るがいい。お前はもう四十に近い中年者ではないか。 

(太字は原作からの引用)


コラム執筆者の今野真二さんは、この作品が世に出た昭和5年当時は30代後半は既に中年と認識されていたと指摘している。
テレビドラマで明智小五郎を演じた天知茂さんは間違いなく中年男性だった。

30代後半が中年かどうかはともかく、独身の明智小五郎が誰に恋心を抱こうがまったく問題はないと思う。

探偵というものは、恋にうつつを抜かすことも許されず、常にストイックでなければならないのだろうか。

江戸川乱歩の『魔術師』
Wikipediaより一部引用します。

1930年(昭和5年)7月から『講談倶楽部』に掲載された。『講談倶楽部』で圧倒的な人気を得た前作『蜘蛛男』に続く通俗長編路線の第2弾。名探偵明智小五郎の恋愛を織り込み、奇妙な暗号めいた脅迫文、残酷な殺人方法、奇怪な死体の扱い、手に汗握る追跡劇、陰惨な過去の因縁など、多彩な要素と展開を盛り込み、またもヒットした。







大仰な表現も設定も、時代がかっていてはいるが、浪漫や恐怖を駆り立てるワクワク・ドキドキ感は江戸川乱歩ならでは。
古臭さが逆に新鮮にも感じられ、意外と(?)読み応えもあり、最後まで飽きずに読めた。
現実逃避にうってつけだ。


やるかやられるかの死闘の末、悪は滅び、一件落着…のはずが、そうスンナリとお話は終わらない。

よりにもよって、殺人鬼の娘に恋心を抱くようになる明智小五郎。
恋は成就するのか。

この作品の中には、コナン・ドイルへのオマージュ的な要素もあり、『緋色の研究』や『まだらの紐』を想起させる場面もある。

コナン・ドイルといえば、『シャーロック・ホームズの冒険』に収められている『ボヘミアの醜聞』に、ホームズにとって忘れられない女性が登場する。
恋愛未満の淡い感情に思えるが、恋に不器用な名探偵シャーロック・ホームズにもこんな一面があったとは…。

探偵だって、人間だもの。