解釈は無限大∞
私の敬愛するコブクロの黒田さんは、20周年記念ツアーのパンフレットの中でこのようなことを語っています。
この20年で思うようになったことは、僕がいいと思うものがあって、小渕がいいと思うものがある、そのどちらが良いも悪いもないんだと。たとえばこれがカレーの好きな人とラーメンが好きな人だったとして、「いや、カレーのほうが俺は正解だと思う」って僕が言い、こいつは「ラーメンのほうがいいと思うんだけど」って言う。そこにはもう正解なんてないし、むしろどっちも正解なんですよ。で、そうなったら、あとはどっちかがゴリ押しするか、ですよ。
この言葉を私の都合の良いように解釈すると、誰もが一人一人自分なりの答えを持って生きている。そのどれもが正解か間違いかという物差しでは測れない。仕事を辞めようとする時だって「辞めてよかったねと言う人」と、「新卒なのにもったいない」と言う異なる意見に出会っただろう?色んな意見があって当然なんだから、誰かの顔色を窺って生きるんじゃなくて自分がこう思うという感覚に従って歩んでいく方がいいんじゃない?もし、外野が野次るようなら、自分の意見をゴリ押しちゃえよ。誰もあなたの人生に責任なんて持たないのだから、せめて自分ぐらいは自分に責任を持とうよ。自分に責任が持てれば、外野からの野次なんて気にならなくなるよ。それにしても、野球で同じチームの守備位置の三つを外野と言うんだろうね。仲間外れみたいで僕は嫌だな、ははは。
と解釈しました。黒田さんは自身が作詞作曲した「DOOR」という歌の中で、「行くしかないだろう!」と叫んでいます。そう、自分の道を行くしかないよと黒田さんは私の背中を押してくださっているのです。ならば、行くしかありません。自分の信じた道を。