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ピス田助手と鋼鉄の花嫁 05

5: キッチンにて

念のために記しておこう。死神の田村というのは寿命を刈り取るための大鎌を携えた文字どおりの典型的な死神であって、それ以上でもそれ以下でもない。その本分はといえばもちろん収穫時期を迎えた人の寿命を刈り取ることなのだが、実際のところその手に鎌がなければ単なる手持ち無沙汰な中年でしかない。したがって普段は放置車両を取り締まる愚直な駐車監視員として、町のあちこちを日々てくてくと歩き続けている。彼に言わせれば車のフロントガラスに黄色い確認標章を貼り付けるのも、寿命を刈り取るのも、本質的にはそれほど差はないという。そして駐車監視員たる彼はこの先、この物語には登場しない。必要なのは鎌だけである。

「言いたくないけど、イゴール」とわたしはキッチンでとりあえずそのまま食べられそうな果実系の缶詰を片っ端からこじ開けながら言った。「こうしてる今もアンジェリカの部屋には誰だかわからない死体がひとつ転がったままなんだぜ」
「承知しております」落ち着きを取り戻したイゴールは力なく答えた。彼は今まさに巨大なクリームソーダをこしらえている最中だった。
「クリームソーダなんてつくってる場合じゃないんだ。もちろん飲んでる場合でもない」
「仰るとおりです」
「デカいな!」わたしはここで初めてちゃくちゃくと完成に近づくクリームソーダの巨大さに気がつき、目を丸くした。「まるで消火器だ」
「みふゆさまは以前にお出ししたこのサイズがことのほかお気に召したようで……」
「あの子はあの貴婦人の……」
「ご息女です。お嬢さまの妹君にあたります」
「妹?アンジェリカの?」
「はい」
「それは初耳だ」
「正式にはミルフィーユさまと仰います」
「ミルフィーユ……」
「みふゆさまというのは愛称といいますか、略称といいますか…」
「なるほど」わたしは缶の底に貼り付いた一切れの桃をフォークではがしながら頷いた。「あの脇差しは?」
「護身用でしょう」
「護身に脇差しを持つ女の子が世界に何人いるっていうんだ」
「みふゆさまはひとかどの剣客として知られる方ですから」
「剣客?」
「お強くていらっしゃいますよ」
「見かけによらないもんだね」
「正式な立ち会いではお嬢さまも敵いません」
「ほとんど天下無双じゃないか!」
「タイム誌の表紙を飾ったこともございます」
「天才肌なのはよくわかったよ」イゴールの話しぶりが軽やかになってきたので、わたしはそれを打ち切るように言った。「それより、問題は奥さまだ」
「奥さまが何か?」
「話さないならわたしが話す。なんとなく110番もしそびれたし、身内なら相談するのに絶好の機会じゃないか。キッチンで缶詰こじ開けてる場合じゃなかったよ」
イゴールは黙っていた。
「イゴールはいつもそばにいるからタフなアンジェリカの無事に確信を持つのもムリはないけど、可能性だけなら逆の場合だって十分あるんだ。……や、しまった」わたしは缶から取り出してボウルに山と積んだフルーツのシロップ漬に、タケノコの水煮が混ざっていることに気がついて舌打ちした。「まあいいや、わかりゃしない。つまりわたしが言いたいのは、彼女のことだから考えづらいけど、でももし連れ去られてたりしたらどうする?ってことなんだ。わたしたちにとっては第一にアンジェリカで、第二も第三もアンジェリカだ。そうだろう?小指の欠けた男の死体はこの際問題じゃない。……というのはちょっと言いすぎたようだから撤回してもいいけれど」
「いえ、仰るとおりです」
「撤回を取り消そう。それじゃ決まりだ。何ならわたしが……」
「いえ、わたくしからお話しいたします」
「うん、口がすべった。是非そうしてくれ」


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