プルクワパ霊苑

むかし書いたいくつかの物語を弔うための霊苑です。

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  • ピス田助手と鋼鉄の花嫁

    ひさしぶりに旧友であるアンジェリカの屋敷を訪ねたピス田助手は、そこで小指のない死体に遭遇する。実際のところ本筋とは一切関係がないこの死体をきっかけに展開するスラップスティックな与太話。全編を通して不可欠な肝心のアンジェリカは終盤にしか出てきません。

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ピス田助手と鋼鉄の花嫁 39

最終話. 尾ひれにも似たエピローグ シュガーヒルの自然的良心ともいうべき一級河川を、窮屈そうにずりずりと強引に這い進んできたのはたしかに戦艦だった。ほとんどビルみたいな規格外のサイズ感から察するに、途中にかかっていた橋という橋はすべて破壊しながらやってきたにちがいない。もちろん、こんなものの出所は聞かずともわかりきっている。まるで死の100円ショップだな、とわたしはムール貝博士を他人事のように思い浮かべた。 甲板には目を射る過剰な明るさにつつまれて、ひとつのシルエットが浮

    • ピス田助手と鋼鉄の花嫁 38

      38. 駆け引きのゆくえ 「ふれてはならない?」 「そうよ。何か問題ある?」 「指一本も?」 「あたりまえでしょ」 「問題なら大アリです」ジャングイデの顔はみるみる赤くなった。「そんな夫婦がありますか!」 「他にあるかどうかなんて、関係ないとおもうな」 「アタシが求める結婚とはそんなものじゃありませんよ!」 「あたしさっき確認したよね?これでいいかって?」 「しかし……」とジャングイデは目を泳がせた。「しかしそれは……」 「言うことないって言ったよね?」 「こんなことでは坊

      • ピス田助手と鋼鉄の花嫁 37

        37. 番頭ジャングイデとみごとな王手 婚姻届? そこにいた誰もが耳を疑い、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。仮にそれがタタタタタと連射式であっても、気づいてわれに返るまでにはしばらくの時間を必要としたにちがいない。選択肢としては初めからずっとそこにあったのだから意外とまでは言わないにしても、受け止めるにはいささか唐突すぎたのだ。 だが、まだ先がある。粛々と話をすすめよう。 この重大な瞬間に居合わせなかったスピーディ・ゴンザレスはジャングイデを連れて戻ると、訝しげに言

        • ピス田助手と鋼鉄の花嫁 36

          36. アンジェリカの来店 書類らしき封筒を一枚手にしていることをのぞけば、アンジェリカはいたって普段どおりの様子にしか見えなかった。細身のジーンズにゆるやかな白いシャツをまとって、てらいがなければ気取りもない。おまけにビーチサンダルだ。まるで散歩に出たついでにちょっと立ち寄ってみたとでもいうような格好だった。差し迫った状況を鑑みればあんまり落ち着きすぎている。彼女にとって年貢とは、コンビニのレジで支払う公共料金とそう違わないものらしい。それにしたってもうちょっと緊張感があ

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        • ピス田助手と鋼鉄の花嫁
          41本

        記事

          ピス田助手と鋼鉄の花嫁 35

          35. 傍観者たち わたしにとって、シュガーヒル・ギャングの頭目を目のあたりにするのはこれが初めてのことだった。シュガーヒルという限定された一画をその名に冠しているとは言え、極楽鳥エリア全体ににらみのきく荒くれ集団の頂点だ。それなりに年を召して幾分ふっくらとはしているものの、藍色をした大きめのキャスケットを小さな頭にふわりとのせ、同じ色のタートルニットに身を包んでその美しさには翳りもない。やわらかく波打つ漆黒の髪はうしろに束ねられている。唇よりも雄弁な眼光炯々たるそのまなざ

          ピス田助手と鋼鉄の花嫁 35

          ピス田助手と鋼鉄の花嫁 34

          34. @Sweet Stuff シュガーヒルには苺坂という可愛らしい名前の急な坂がある。坂のとちゅうには水神を祀る苔むした社が古くからあって、ここに一匹の大きな蛙が住みついている。いつのころからか、この蛙に完熟したイチゴを食わせると恋が叶うという埒もない噂がひろまり、イチゴのパックを持ったうら若き少女が蛙を探してうろうろする姿をときどき見かけるようになったことから、苺坂の名がついた。蛙のことは近所の年寄り連中も知っているが、どういうわけか「あれは酒飲みだからイチゴなんか食

          ピス田助手と鋼鉄の花嫁 34

          ピス田助手と鋼鉄の花嫁 33

          33. 手品師の気まぐれと意外な成り行き その意外な申し出に、わたしはいささか拍子抜けした。「行かないって?」 「行けばアンジェリカを困らせるからだろ」とスピーディ・ゴンザレスが代わりに口をはさんだ。「もともとオレらの利害はそれほどズレちゃいないんだ。オレとここで昔話に紫陽花でも咲かせるのがいちばんいいってことさ」 「行かなくていいの?」 「かまいません。ただ賢いハンス号が…」 「ハンス号?」 「ここから Sweet Stuff まではいささか距離がございます」 「あ、そう

          ピス田助手と鋼鉄の花嫁 33

          ピス田助手と鋼鉄の花嫁 32

          32. わたしたちにできること さて、語るべきことはもうさほど多くない。わたしは筆を割きすぎた。 結局これは、どこまでいってもアンジェリカ一人の問題でしかなかったのだ。仮にわたしたちがスワロフスキの奪還を目論んだところで、もとより帰される予定なのだからちっとも意味がない。かといってアンジェリカに加勢しようにも、建前上は何ひとつ起きていないのだからそもそも加勢のしようがない。これをもうちょっと突き詰めると、じぶんたちの奮闘が何から何まで全部まるごと一切合切ムダだったという、

          ピス田助手と鋼鉄の花嫁 32

          ピス田助手と鋼鉄の花嫁 31

          31. 正しい人質の使いかた 「意味がちがう?」とわたしは言った。 「チビの解放に条件があるように見えてるってことだろ、要するに?」 「話を聞けばそういう構図にしかならないね」 「そこがズレてんのさ。答えがイエスかノーかにかかわらず、アンジェリカが来た時点でチビは返される。それはもう初めっから決まってることだ。アンジェリカはだから、ただ迎えにいくようなもんだな」 「イエスとノーにかかわらず?」 「そうとも」 「アンジェリカがノーと言っても、スワロフスキは家に帰れる?」 「も

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          ピス田助手と鋼鉄の花嫁 30

          30. アンジェリカの結婚 これまでさんざん驚かされつづけてきたわたしにとって、それはちっとも驚くに値しない話だった。むしろようやくまともな話がでてきた、と肩の荷が下りたようなきもちになったくらいだ。アンジェリカが結婚だって?結構なことじゃないか!こんがらがった話の帰結がこんなにシンプルなことなら、スピーディ・ゴンザレスの言うとおり屋敷でハムをつまみながらアンジェリカの帰りを待っていたって全然問題なかったとさえおもえてくる。どうやらわたしたちは向き合うべき事実の大きさとくら

          ピス田助手と鋼鉄の花嫁 30

          ピス田助手と鋼鉄の花嫁 29

          29. スワロフスキの行方 「むむ」とスピーディ・ゴンザレスは初めて言い淀んだ。「そこを突かれるとオレも弱い。しかしまァ、楽しくやってんじゃないかな、今ごろ」 「知ってるんだな?」 「知ってるというかまァ……ことの次第はね」 どうやら話が核心に近づいてきたらしい。わたしは心の中で大きく伸びをしながら、ここでようやく腹をドシンと据えることができた。これまで控えめにみても長すぎる回り道をさせられてきたが、正念場があるとすればまちがいなくここだ。これ以上はぐらかされるわけにはい

          ピス田助手と鋼鉄の花嫁 29

          ピス田助手と鋼鉄の花嫁 28

          28. シュガーヒルの用心棒 その2 一瞬わたしはドキリとした。聞き違えたかともおもったが、考えてみればわたしはスピーディ・ゴンザレスの顔を知らないのだ。勝手にそう思いこんでいただけで、目の前にいる相手は全然関係のない別の誰かなのかもしれない。ひょっとすると互いに何かとんでもないまちがいをしでかしているのではないかという思いがよぎったのもムリはなかった。 「えーと」とわたしは戸惑いながら確認した。「スピーディ・ゴンザレス?」 シュガーヒルの用心棒はあっさり認めた。「そうだ

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          ピス田助手と鋼鉄の花嫁 27

          27. シュガーヒルの用心棒 わたしたちの対決は思いもよらない形でこうして決着をみた。失ったものの大きさについては計り知れない(でなければ計りづらい)ものがあるとおもうが、ともあれこれ以上なく重要なカードを手にしたことはまちがいない。 スピーディ・ゴンザレスは座席下の工具箱にあったロープでぐるぐる縛られて、今や力なく地面に胡座をかいていた。顔が3倍くらいに腫れ上がっているのは、ハンス号を降りたブッチにこっぴどく殴られたせいだ。初めて目にしたときはセーラー服を着たアヒルのよ

          ピス田助手と鋼鉄の花嫁 27

          ピス田助手と鋼鉄の花嫁 26

          26. 淡い水色の予期せぬ決着 ここからの数分間は、あまり大したことが起きていない。相変わらずどういう仕組みでフルスロットルの自動車を追い抜くようなスピードが出るのかちっともわからない例の頑丈なピープルにまたがりながら、追いかけてきたスピーディ・ゴンザレスがバカのひとつ覚えみたいにライフルグレネード、でなければ大体そんなようなものをこちらに向けてぶっ放し、ぶっ放された薬筒をみふゆがまっぷたつにするという、投手と打者にも似たシンプルなやりとりを3回ほどくり返したのち、ライフル

          ピス田助手と鋼鉄の花嫁 26

          ピス田助手と鋼鉄の花嫁 25

          25. 予定変更 アンジェリカなら大丈夫、というようなことをわたしたちは何度も言ってきた。コンキスタドーレス夫人も太鼓判を押していたし、それに対する異論も出なかった。この点に関しては疑いないと誰もが確信しながらそれでもなおくり返していたのは、だとすると何なんだ、という落ち着かない思いをいつまでも拭えずにいたからだ。だが2度目か3度目に同じことをくりかえしたとき、わたしはそれまでずっと睨んできた1枚のカードをふとめくってみたような気持ちになった。 めくったカードの裏に何か書

          ピス田助手と鋼鉄の花嫁 25

          ピス田助手と鋼鉄の花嫁 24

          24. 影のようについて回る1本のカギの話 スピーディ・ゴンザレスの登場によって、この一件にどうやらシュガーヒル・ギャングが関係しているらしいということが何となく見えてきたような気もするが、一方でわたしには腑に落ちないことがひとつあった。 たしかにシュガーヒル・ギャングとアンジェリカは、どちらも決して品行方正とは言えないという点でよく似ている。場合によっては手がつけられないという点でも同じだ。しかし前者が基本、逃げることに長けた後ろ暗い連中のあつまりだとするならば、後者は

          ピス田助手と鋼鉄の花嫁 24