ピス田助手と鋼鉄の花嫁 02
2: 男の様子についての補足
日々においてはありとあらゆるニュースが工場の缶詰みたいに次々と無表情で送り出されていく。イナゴが大量発生する日があれば、ツングースカの上空で大爆発が起きる日もある。背中に短剣を刺した男が部屋にたおれている日もあるだろう。缶切りがほしいとわたしはおもった。いちばんいいのはクリネア社の「自動缶切り(One Touch Can Opener)」だ。ずんぐりとして缶切りらしからぬ形には目をつぶってもいい。葉を食む芋虫よろしくキリキリと缶を切りひらいていくその奇妙な動きは、誰であれ一度見たら忘れることはできない……
「お嬢さまがこんなことをなさるはずがありません」イゴールは青ざめながらも毅然として言い切った。「これには何か仔細があるはずです」
「そうおもうよ」とわたしは頭の中の缶切りを振り払うようにして言った。「しかしこれ、誰なんだろう」
「存じません」
「客ではない?」
「今日ご案内したのはピス田さまおひとりです」
「泥棒ってことかな」
「その可能性はあります」
「アンジェリカと揉み合った勢いで、こう…?」
「お嬢さまが?」と驚いてイゴールは即座にかぶりをふった。「考えられません」
「彼女らしくないね、たしかに」
「お嬢さまでしたらもっとスマートに始末なさるはずです」
「あ、そういう意味?」
「こんなベタな手口は許容できません」
「第一、アンジェリカはどこに行ったんだ?」
「わたくしとしてはそれがいちばん気がかりです」
「何にしても歓迎すべき状況じゃなさそうだ」とわたしはため息をつきながら倒れている男に目をやった。「手に何か持ってるな」
「おや」イゴールは驚いたようだった。「あれは…」
「本?いや、ノートかな」わたしはイゴールの様子に気を留めずに一歩近づいてみた。もし男がこのノートを奪おうとして殺されたのだとすると、手につかんだままなのは妙だという気がしたからだ。なぜ男を襲った人物はそれを奪い返さなかったのか?
「あのノートは?」
「あれはお嬢さまのノートです」
「アンジェリカの?」
「はい、あれは…」
イゴールが重要な事実を口にしかけたところで、わたしはふとあることに気がついてそれを遮ってしまった。「おや…」
「どうかなさいましたか」
「小指がないぞ」
このときイゴールの言葉を途中で止めてしまったのはまったく失敗だったと言うほかない。男は左手に厚いノートのようなものをつかんでいた。小指がないのは、その手だった。
イゴールは黙っていた。思い当たるふしがあるというよりは、どちらかというと混乱に拍車がかかっているように見えた。何かを知っているから混乱するのか、何も知らないから混乱するのか、わたしにはどちらとも判断できなかった。
「何から何まで、ちんぷんかんぷんだ」とわたしは匙を投げた。「おまけにこの部屋じゃ荒らされてるのかどうかもわからない」
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