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ピス田助手と鋼鉄の花嫁 25

25. 予定変更


アンジェリカなら大丈夫、というようなことをわたしたちは何度も言ってきた。コンキスタドーレス夫人も太鼓判を押していたし、それに対する異論も出なかった。この点に関しては疑いないと誰もが確信しながらそれでもなおくり返していたのは、だとすると何なんだ、という落ち着かない思いをいつまでも拭えずにいたからだ。だが2度目か3度目に同じことをくりかえしたとき、わたしはそれまでずっと睨んできた1枚のカードをふとめくってみたような気持ちになった。

めくったカードの裏に何か書いてあったとすれば、こういうことだ。「アンジェリカが必ずしもアンジェリカ自身のために行動しているとは限らない」。

渦中にまぎれてかかってきたムール貝博士の電話がなければ、この閃きは得られなかっただろう。スワロフスキの名前をきいたときわたしは、そういえばアンジェリカとスワロフスキは仲が良かったな、ということを何となく思い出していた。博士だって開口一番、アンジェリカはどこだと訊いてきたじゃないか?神秘の生ハムに心奪われていたこともあってこの時点ではあまり気に留めていなかったが、思い返せばここですでにべつの視点と可能性が提示されていたのだ。

だが、ひとまず話に戻ろう。ムール貝博士からの電話がぷつりと切れたところからだ。賢いハンス号はガタガタと震えながら猛スピードで目当てのマンホールに向かっていた。

フーム、とわたしは電話を閉じながら唸った。
「どうかなさいましたか」とイゴールは賢いハンス号の手綱をゆるめずに尋ねた。
「スワロフスキが迷子になったらしい」
するとみふゆが後部座席から身を乗り出してきた。「スワロフスキが?」
「そうか。君も仲良しなんだな」
「博士がそう仰ったのですか」
「探せと言われた」とわたしは博士の言ったことを思い出しながら応えた。「いろんなことがいっぺんに押し寄せるから、頭が混乱してきたよ。甘鯛のポワレ教授がパニクってるらしい。わたしたちが向き合ってるのはどれも同じひとつの問題のような気がするんだけど、如何せん絡まりすぎててよくわからない。率直に言ってほどくのもめんどくさい」
「と仰いますと」とイゴールは言った。「スワロフスキさまもこの一件に関係しているとお考えなのですか」
「最初に博士からかかってきた電話のあと、一瞬だけそんな気がしたんだ。そのときはアンジェリカとスワロフスキの仲をふっと思い浮かべただけだったけど、探せとハッキリ言われた今はその思いがもっと強くなってる。だってこのタイミングだぜ」
「関連性を疑う理由はたしかにございますね」
「そのソワソワスルというのはどちらさんです?」とブッチが口をはさんだ。
「スワロフスキは……1文字も合ってないな。ある男がリリースした2枚目のアルバム【詩人の刻印】の3曲目に出てくるちっちゃい女の子だよ。初出は4年前のここだ(リンク参照のこと)。アンジェリカと仲良しで、みふゆとも……」
「仲良しです!」とみふゆが大きく頷いた。
「というわけ」
「そんな舞台裏をべりべり剥がすようなお話をしてしまってよろしいのですか」
「初めて訪れた人が1秒で踵を返すような話になってしまってるんだ。今さらとりつくろっても仕方がないよ」
「ふむ!そりゃご心配もごもっともですな。してポチョムキンというのは?」
「ポワレ教授は……ポしか合ってないじゃないか。教授はスワロフスキの父親だよ」
イゴールが現実(という名のフィクション)にわたしたちを引き戻すようにして訊いた。「ではいかがいたしましょう?」
「そこで混乱してるんだ」とわたしは頭を掻いた。「アンジェリカを追ってるとこだし、スピーディ・ゴンザレスに追われてるとこだし、どうしたらいいんだ一体?」
「お嬢さまの追跡についてでしたら」とイゴールは言った。「優先順位としては今やそれほど火急ではございません」
「なんで?」
「ホワイトデー・モードはすでに発動済みとピス田さまが先ほど仰いました」
「そうだった!」
「スワロフスキさまのことはわたくしも多少は存じておりますし、心が痛みます」
「じゃひとまずアンジェリカは追わなくていいってことだ」
「お嬢さまがわたくしにどちらの行動をお望みになるかということでしたら」イゴールはきっぱり言った。「考えるまでもございません」
「予定変更だ!スワロフスキを探そう」とわたしは宣言した。「しかしどこへ行けばいいんだ?」
「旦那!」背後から忍びよる爆音に振り返ったブッチが声を上げた。「追いつかれそうですよ!」


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