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ピス田助手と鋼鉄の花嫁 16

16. ホワイトデー・モード


相手がムール貝博士であるにもかかわらず、イゴールは攻撃について問題ないと断言した。しかしわたしの知るかぎり、博士がその手で粉々に破壊できないものなどこの世には存在しない。イゴールがそのことを知らないはずはないし、かといって博士に真っ向から対抗できる人物が別に存在するともおもえない。もしいるなら、今ごろ地球は顆粒状になって跡形もなく宇宙に溶けているはずだ。とすればこの矛盾を解消する答えは自ずとひとつに絞られることになる。
「そうか、屋敷の迎撃システムを構築したのも……」
「ムール貝博士です」
「ときどきアンジェリカの器のでかさを思い知らされるよ」とわたしはため息をついた。「どんな弱みをにぎれば博士にそんなことを頼めるんだ?」
「よほど古いお付き合いでいらっしゃいますから」
「まあいいや、そういうことなら放っておこう。このままでも屋敷の上空で派手な花火が鳴ってるってだけだし、博士もそのうち飽きるだろう」
「電話して止めてもらえば良いのでは?」
「ふつうに考えればそうなんだろうけどね」とわたしは肩をすくめた。「こうなったらしばらくはおさまりもつくまいよ。火に油をそそぐだけだ。用事もありそうだからどのみち電話はするにしても、もうすこしほとぼりがさめてからじゃないとわたしの身が危うい」
「そうなりますと、しかし」とイゴールはあごに手をやって思案の表情をみせた。「ひとつ問題がございます」
「問題?」
「迎撃システムには改良が加えられているのです」
「改良ってまさか、アンジェリカが?」
「こちらに向けられたものをバッティングセンターよろしくひとつひとつ撃ち落とす分にはよいのですが、交戦があまり長引くようですといけません」
「というと?」
「あきらめのわるさに迎撃システムが業を煮やして、ホワイトデー・モードに切り替わります」
「いやな予感しかしないモードだな。それはつまり……」
「迎撃だけでなく、ひとつの攻撃を3倍にして返すモードです」
「火に油をそそいで弾薬庫に放りこむようなものじゃないか!」
「お嬢さまとしてはちょっとしたいたずら心のおつもりだったかと……」
「言われてみればさもありなんて気もするけど、しかしそりゃマズい。当人たちにとっちゃ諍いどころか手紙のやりとりみたいなもんだろうから、なおさらだ。ちなみにそのモードを発動前に解除するとしたら……」
「暗証用のコードが必要になります」
「そりゃそうだ。そしてそれを知っているのは」
「お嬢さまおひとりです」
「頃合いだという気がするな」わたしはまたひとつため息をついた。「結局こうなるんだ。アンジェリカを捜しに行こう」
「ねえさまのところへいくのですか」
「どこにいるのかわからないけどね」
「みふゆも行きます」
「そうしてもらえると助かるよ。用心棒になるし」
「しかし、どちらへ?」とイゴールは言った。
「とりあえず屋敷を出てから考えよう。ホワイトデー・モードの発動までどれくらいの猶予がある?」
「それは迎撃システムの気分次第です」
「ぜんぜん間に合う気がしないな」
「その部分だけはお嬢さまの設計ですから」
「博士が設計したってそうなるよ、たぶん」
「アイスノンもいっしょですか」
わたしはみふゆの心配をイゴールにパスして確かめるように言った。「いっしょのほうがいいとおもうな。屋敷がこのまま無事って保証もないんだ。ただ体質が体質だし、外に出ても平気なのかどうか」
「基本的には冷気を好むだけですから、問題ございません」とイゴールは請け合った。「快適なピクニックのために特注したクーラーボックスもございます」
「じゃ決まりだ。ブッチはここでお別れかな」
「何を言うんです。わっしも行きますよ」とブッチは鼻息を荒くして言った。「せっかくのお宝をよその肉屋に横取りされちゃかないませんや。それに……」
「それに?」
「外出中に冷たいお宝をポンとひとつ、ひねり出さんともかぎらんでしょうが?」

17につづく

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