ピス田助手と鋼鉄の花嫁 03
3: アンジェリカの部屋
それは博物館と図書館とショーウィンドウと夢を鍋にぶちこんでグツグツ煮たような、混沌とした部屋だった。雑多な所有物を観客に見立てた円形劇場みたいだと言ってもいい。その中心にスポットライトが当たるようなかたちで、短剣の刺さった男が倒れている。広さはすくなくとも30畳もありそうに思えた。
四方にはゾエトロープみたいな壁紙を巡らし、壁自体に埋めこまれて本棚があった。棚からはみ出して床に積まれた古めかしい絵本や写真集の山は、堆くそびえるシロアリの巣に見えた。鹿とも牛ともつかない頭蓋骨があれば、見たことのない大きくてムクムクした鳥の剥製もある(ドードー?)。見上げると色鮮やかな蝶の標本が高い天井をタイルのように埋め尽くしている。同じく壁に埋めこまれた薬棚にはあまりふかく考えたくない薬品のビンがずらずらと並んでいた。
そうかとおもえば60年代風の(あるいは実際にその時代の)キッチュなワンピースが古い衣紋掛けにハンガーで吊るされてある。スペースエイジなテレビや時計といったこまごました雑貨たちが所狭しとあちこちに転がっている。よく見ると地球儀の主要部分がミラーボールに置き換えられているし、緯度尺のフレームから取り外された地球はそのとばっちりを受けて仕方なく天井からぶら下がっている。どこへ目をやっても常にこんな調子で、問答無用の一点張りというほかなかった。短剣の刺さった男がこれらの一部であってもおかしくないという気さえしてくる。カラフルなはらわたを持った人体標本にいたってはお洒落な帽子をかぶり、あまつさえ耳に大きなピアスをつけていた。
その他目についたもの
・ハンモック
・トルソーに防弾チョッキ
・ガンラックに水鉄砲と散弾銃
・乳鉢、ピペット、天秤、アルコールランプ、試験管
・木魚
・電話ボックス(なぜ?)
・マリオネット
・鳥籠
・黒ヒゲ危機一髪みたいな木樽もいくつか
・官能的な拘束器具
イゴールがハンマーで叩き壊したのはそんな部屋の扉であり、わたしたちが立ちすくんでいるのはつまりそんな部屋の入り口だった。わかってもらえる自信はない。書けば書くほど手に余る。ちょっとした宇宙がここにはあった。
足下に飛び散った扉の木片にまぎれて、缶切りがひとつ落ちていた。金属片をねじっただけの、原始的なタイプだ。今しがた目にしたものから比べると、だいぶ日常寄りで好感が持てる。朴訥とした佇まいとその美しさに、わたしはみとれた。拾い上げてためつすがめつしていると、何でもいいから手頃な缶詰を片っ端からこじ開けていきたいようなきもちに駆られた。
「気の毒な男のために、警察を呼ぼう」とわたしは缶切りをもてあそびながら言った。
「そうしたいのは山々ですが」とイゴールはためらいがちに答えた。「このままいくとお嬢さまに累が及んでしまいます」
「だからってうっちゃってはおかれないよ」
「しかし…」
「隠すと後がめんどくさいぜ」
「闇に葬っては?」
「イゴールと話してるとそれもありかなって気がしてくるから困るよ」
「恐れ入ります」
「しかたない、わたしが電話しよう。あと、欲しいのは…」
「何でございましょう」
「缶詰だな」
そこへ突然、尻尾を踏まれた怪獣の鳴き声みたいな気味の悪い音が、屋敷中に響きわたった。悲鳴かとおもって身構えるわたしに、呼び鈴ですとイゴールは言った。来客らしい。控えめにも好ましいとは言いがたいタイミングで誰かが訪ねてきたことよりも、形容しがたいその音にわたしは驚いて言った。「こんな音だったっけ?」
「いえ、この音色は…」とイゴールが青い顔をして立ちすくんだ。「奥さまです」
「奥さま?」
「お嬢さまのご母堂にあたる方です」
「アンジェリカのお母さん?」
「そうです。正確には…いえ、ひとまず参りましょう」
扉のない部屋を背に、玄関へと早足で向かうイゴールは、部屋に死体をみたときよりもはるかに緊張しているようだった。その後を追いながらわたしは、押す人によって音色が変わるふしぎな呼び鈴について考えていた。じぶんの音色が気になって仕方なかったのだ。
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