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ピス田助手と鋼鉄の花嫁 24

24. 影のようについて回る1本のカギの話


スピーディ・ゴンザレスの登場によって、この一件にどうやらシュガーヒル・ギャングが関係しているらしいということが何となく見えてきたような気もするが、一方でわたしには腑に落ちないことがひとつあった。

たしかにシュガーヒル・ギャングとアンジェリカは、どちらも決して品行方正とは言えないという点でよく似ている。場合によっては手がつけられないという点でも同じだ。しかし前者が基本、逃げることに長けた後ろ暗い連中のあつまりだとするならば、後者は何をするにもおおっぴらであるばかりか、そもそも逃げるという概念さえ持っていない。仮に同じようなことをしでかすにしても、アンジェリカは罪を承知で堂々とやるか、でなければ何も考えずに堂々とやるだろう。アウトプットが同じでも根幹となる部分が正反対なのだ。

したがって、アンジェリカがシュガーヒルの連中を厭うことはあっても、積極的に接点を持とうとするとは、とてもおもえなかった。すくなくとも彼女がわたしのおもうような人物でありつづけるかぎり、それは保証できる。用があるとすればまずまちがいなくシュガーヒルの側だ。スピーディ・ゴンザレスがわたしたちの進路を妨害しようとしたことでも、それは伺い知れる。邪魔をされたくないということは、つまりそういうことだろう。

わからないのは、だとすればなぜアンジェリカがわざわざ出向かなくてはいけないのか、ということだ。彼女なら相手が誰であろうとへつらうようなことは絶対にしないし、呼ばれてのこのこ出向くほどお人よしでもない。たとえ一国の王だろうが必要とあれば平気で呼びつける。アンジェリカのアンジェリカたるゆえんはまさしくそういうところにあった。

ではたとえば何か、弱みをにぎられているという可能性はどうだろう?

残念ながら、アンジェリカに弱みはない。これもまた、彼女が彼女たるゆえんのひとつだ。もし弱みを秘密と置き換えてよければ、一度こんな話をしたことがある。

「たとえば隠しておきたい宝物があるとするでしょ」と彼女は言った。「じゃあ、それを宝箱に入れます。カギをしめるわね、もちろん?」
「まあ、そうだね。手を触れるべからずなんだから」
「そうすると手元にはカギがのこるわけ」
「そりゃそうだ」
「ピス田さんならこのカギどうする?そのへんに置いとく?」
「置いとかないよ!失くしたらどうする」
「じゃこれもどこかにしまっておかなくちゃいけない。よね?」
「ふむ」
「貸金庫とかどう?」
「どうって、別にいいとおもうよ。それで?」
「じゃ貸金庫に預けました。そこでまたカギが出てくるわけ」
「貸金庫のカギってこと?」
「そう。また手元にカギがのこるの。ピス田さんならこのカギどうする?」
「むむ」
「わたしならゴメンだわ。1本のカギがいつまでも影みたいについて回る人生なんて」

この話は秘密というものに対するアンジェリカの考え方をよく表しているとわたしはおもう。もし秘密を身につけるようなことになったら、そのためにこそ手放してしまうだろう。彼女に秘密は似合わない。わたしたちにとってアンジェリカがひどくミステリアスな存在として映るのは、伺い知れない秘密のためではなく、何もかもオープンに開け放してあるにもかかわらず、そのあまりの広さに呆然と立ち尽くすしかないからなのだ。アンジェリカは宇宙に似ている。

もう一度言おう。アンジェリカに弱みはない。「あるとおもうなら握ってみたら?それがぐちゃっとしてて変な色しててイヤなにおいのする何かでなければいいけど」と軽やかにあしらう彼女が目に浮かぶ。あるとおもって握れば実際それは、すべからくぐちゃっとしてて変な色をしていてイヤなにおいのする何かだろうとわたしもおもう。彼女はそんなもの意に介さない。

だとすればアンジェリカはいったい何のために行動しているのか?


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