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散歩の途中 6 サーファーの風 

 猛暑の8月といえども盆を過ぎると客足はガクンと落ちる。だだ広い浜に数えるほどの海水浴客になったのを見ながら、タケシは夏の終わりを感じている。
 タケシの現場は山陰のK海水浴場。三百台収容の駐車場の八割が他県ナンバーでそのほとんどが瀬戸内海側から中国山地を越え高速道路を利用してやってくる。
 Jドリンク飲料のボトルカーのアルバイト運転手のタケシはこの夏もこの浜の臨時売店を任された。7月20日から8月末までの40日間。広島近郊の自動販売機を巡るよりもこの浜の現場がなにより気に入っていた。
 営業所の課長から「この夏も行くか」と声を掛けられ、即答した。40日間、海にいることだけで満足だった。連日37度を超える猛暑で、目の回るほどの忙しさだったが、盆を過ぎるとどんなにうだるような暑さでも浜は閑散とすることを知っていた。去年も一昨年もそうだった。去年は2度の台風に見舞われさんざんだったが…。
 高校を中退して、ずっとJ社のアルバイトをしている。ボトルカーの助手をしながら、免許を取ってからは広島周辺の町村の自動販売機を単独で巡る。地図が無くともすべてルートはアタマに入っている。正社員になれと課長やチーフからさんざん勧められるが、「うん、まあ」とか「そのうちに」とかと言葉を濁している。
 サーファーのタケシは、夏の臨時売店の集中バイトで資金を稼ぎ、秋以降は週の2、3日を海水浴場のあるK海岸に通い詰める。バイトのローテが決まるとボトルカーを走らせる以外は、中国山地を越えて日本海へ車を走らせる。従って一年間の3分の1近くをK海岸で過ごしている。
 夏場は波は立たず、浜は海水浴客であふれるため、サーファーは寝て過ごす。サーファーにとって日本海の波は病みつきになる。麻薬というのはこういう感覚だろうとタケシは思う。秋に台風を1、2度やり過ごしたあたりから荒く、激しい波がうねるように寄せてくる。サーファーたちは浜でボードを横にじっと沖を見つめる。
 島影のない水平線の北北西の方向に雲が流れ、白い波が立ち始めるとしばらくして、沖にうねる波が寄せてくる。
 臨時売店のパラソル、レンタル冷蔵庫の撤収準備をそろそろしなければならない。だだ広い浜からすっかり人影は消えた。
 音もなく秋の風が吹いた。ラジオが南シナ海に台風の発生を告げている。
 3カ月封印していたサーフボードにワックスを掛けよう。気のせいか、北北西の海に白い波がかすかに立ち始める。台風を一つやり過ごせば、この海はすべてサーファーたちのものになる。

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