桜漂流記用

桜漂流記 15

「いたいよぅ」

やがて陽太は少し落ち着きを取り戻したようだったが、紫色の指の形をした痣から痛みがひかないらしく、頻りに頬をさすっていた。

「本当に痣になってない?」

「……全然なってないよ。少し……赤くなってると言えばなってる気がするかな? ねえ村山君」

「え……そうですね。少し強くやりすぎましたね。」

涙目だが、鋭い目つきで村山を睨む陽太。それを見た康広が宥めるように言う。

「お前が白目を剥くような事になるとは思ってなかったんだよ……ごめんな」

「てめー。こいつの握力なめんなよ」

陽太の泣きそうな声が裏返った。頬を押さえながら康広を睨む。

「昔見たエクソシストを思い出したよ」

「本当にすいません」

村山はさっきから、紫の痣を見るたびに何度も頭を下げている。

「ウルセー! もういいよ!」

いつまでも痛みがひかないようだが、いいかげん擦るのも諦めたようだ。

「しかし、こうなると夢ではないという可能性の事も考えないといけなくなるな」

そう言って康広が上を見る。

「でも実際にこの場所には現在……お前らからしたら過去のオレと未来のお前らが一緒にいる。」

陽太が二人を交互に見た。

「ファンタジーだな」

「うーん」

「あの……この穴はどこの穴なんでしょう?」

「どこの穴って言われてもなぁ。穴に知り合い居ないし。なんで?」

陽太が聞き返す。

「もしかすると、ここから出ることが出来れば、もとの……つまりそれぞれの場所に戻れるのかもしれないと思いまして……」

頭上に指をさす。つられて陽太が上を向く。しばらくそのまま黙っていたが、疲れたのか、首を回しながら言う。

「まあ、たしかに穴の中にいるわけだから、出るしか道はないよな……でもどうやって出る? かなり高いぞ。三人で肩車しても届かないんじゃないか?」

「そうですね……」

陽太が康広に視線を送るが、康広が先ほどから上を見つめたまま固まっているのに気付き、訝しむように聞いた。

「おいヤス。聞いてる?」

そのとき、康広は何かに気付いたような、驚いたような表情を見せた。そして呟く。

「ああ……」

「それで、ここから出る方法なんだけども……」

陽太の言葉には全く関心を示さず、康広の言葉が続く。

「そっかぁ。……すげぇよ。なんでこんな ……すげぇ」

「……ヤス? どうしちゃったの?」

「上だよ」

「お前……泣いてんのか?」

「いいから……いいから上見ろって」

康広が涙声で訴える。初めて見る康弘の様子に気圧されながら、再び陽太が上を見た。

「どうしたのよ? お月さまだろ?」

「他にも見えるだろ。陽太」

村山もいつのまにか上を見上げていた。

「なんでだよ……えーと……枝が見える。なんかの木の」

「あいつだよ」

その言葉で陽太が驚いて康広を見る。

「……嘘だろ」

そして笑いながら上を見る。

「ははっ……あいつかぁ……」

二人が何の話しているのか全く分からないと いった村山の視線に気付いた康広が、独り言のように言う。

「桜だ」

「あれが……桜……」

「間違いない。 あいつが呼んだんだ。俺達を。」

康広がそう言うと、今度は三人で私を見上げた。

そして陽太はそのまま壁に背中を預けながら呟いた。

「お前かぁ……じゃあ夢なんかじゃねぇなぁ」

そういって優しい顔で笑う。その表情は陽太にとてもよく似合うと思った。

「全く……昔から普通の桜じゃねぇとは思ってたけど……」

溜息混じりに呟いた後、康広は座り込んで下を向いてしまったので、表情を覗い知る事が出来なくなってしまった。でも、思っていた通り、最初に気付いてくれたのは康広だったので私は嬉しかった。

「あなたが……洋子の好きな桜の木ですか。逢えて嬉しいです」

村山は、初めて見る私に素直な言葉で気持ちを伝えてくる。もしかしたら洋子は村山のこういう所を好きになったのかもしれない。

彼ならきっとあの仁美を救ってくれるだろう。

私は君達に逢えて本当に嬉しかった。君達が日に日に大きくなっていくのを見るのが私の楽しみだった。

私によく登る陽太が、だんだん重くなってゆくのを感じるのが好きだった。

その陽太が落ちないように、いつも心配そうにしている康広を見るのが好きだった。

とても可愛い笑顔で笑う仁美の声が、私の体に響くのが好きだった。

いつも誰よりも早くここへ来て、自分の事や皆の事を私に聞かせてくれる洋子が好きだった。

私は君達の事が大好きだ。

この場所を見つけてくれてありがとう。

この場所に集まってくれてありがとう。

この場所を気に入ってくれてありがとう。

私に「桜」という名前をくれてありがとう。

私と出逢ってくれてありがとう。

私は君達の事が大好きだ。

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