桜漂流記 13
「二人共仲のいい兄弟みたいで見てて楽しいって洋子が言ってました。葬式の時にはこうしてお話も出来なかったですから、なんというか……少し嬉しいです」
村山の言葉を受けた陽太が諦めるように言った。
「よーしわかった。 その辺の事をはっきりさせようじゃないか。いいか。洋子とは今朝方まで一緒に居て、婚約祝いをしていました。オレはその後少し寝て、夕方ごろにリュウの散歩にでました。そして気づいたらここに居ました。いつ洋子が死んで葬式する時間があったのでしょうか。 さあ教えてくれ」
棒読み口調で捲くし立てる言葉の羅列に康広が答えた。
「あいつが死んだのは俺たちが集まった日の次の日の夕方だよ。お前が犬の散歩をしている頃だ。事故現場はお前が散歩していた道の近くだったというのを……お前本人から聞いたぞ」
「じゃあお前はオレの頭がおかしいっつってんの?」
「そうは言ってないだろうが。すぐ熱くなるな。その辺の事をはっきりさせるんだろうが」
短気な陽太を康広はいつもうまく宥める。陽太がそのまま黙っているので康広は村山に聞いた。
「アンタはここに来る前自分の部屋に居たんだよな?」
「はい。考え事をしていて、目を瞑りました。そのまま寝てしまったのかもしれません。気づいたらここに……」
「日付わかるか?」
「大体ですが」
村山は自信なさそうにその日付を告げた。
「おそらく俺と同じだな」
それを聞いた陽太が真剣な面持ちで話しに加わる。
「おいヤス。オレは絶対に嘘なんかついてない。オレがここに来る直前の記憶はその日付の一週間前だ」
「あのな。お前が嘘つく時とそうでないときくらいわかるよ。だいたい遠くの場所にいた三人がいつの間にかこの変な穴の中に居る状況が在りえないんだから、ついでにお前が過去から来ていたっておかしくない」
そういって康広はまた上を見上げ、言葉を付け加えた。
「つまり……これは夢だ」
「んん……でもこんなに感覚のハッキリしてる夢なんてあるか?」
いつのまにか村山が今にも泣きそうな顔で陽太を見据えていた。
「あの! それじゃあ洋子は生きてるんですね?」
「ああ……生きてるよ」
その言葉を聞いた村山は俯きながら、言葉を搾り出すように言う
「嬉しいです……う……嬉しいです……夢でも、嬉しい……」
何度も何度も震える言葉を繰り返す。どうやら泣いているようだ。
「おいおい。そんなに泣くなよ。オレにとっちゃ意味わかんねーんだから」
陽太が笑いながら言い村山の背中をさする。
「すいません……すいません……」
「気持ち解るよ」
康広が呟いた。
「今度はオレから質問させてもらっていいか?」
村山が落ち着いたのを見計らって、陽太が2人に聞いた。康広が答える。
「いいよ」
「洋子は死んだのか? いやその、つまり……死ぬのか?」
「……ああ 。死んだ。 酒飲みながら運転してたクソトラックに轢かれてな。仁美と一緒に買い物にでた帰り道だったらしい。」
「そういや……あいつ仁美を買い物に誘ってたな。 仁美は?」
「無事だった。 でもあいつの目の前で洋子は死んだんだ。それから連絡が取れない。葬式にも来なかった」
「事故現場は?」
「丘の上公園を出て右に行った先の大きい交差点だ」
「本当だ。さっきの場所の近くじゃねえかよ……」
「ああ。事故のあとお前は随分悔やんでた」
「じゃあ……あいつはこれから……いやもしかしたらもう……」
穴の中に重苦しそうな空気が溜まっていくようだったが、すぐに陽太の力強い言葉が穴の中に響き、それを吹き飛ばした。
「させるかよ。 絶対死なせない。 死ぬわけない。まだ間に合う! オレがこの話しを聞いたんだから」
「イヤ……でもよ……」
珍しく不安げな声を出した康広に、陽太が立ち上がって言う。
「オレが絶対助ける」
「本当ですか?」
「おう……洋子と俺たちの為にな。あいつが居ない未来なんてオレがお断りだ」
「……そうだな。 やっぱり洋子が居ないのはなんというか……楽しくないぞ」
「はい。 とても……とても辛いです」
そう言って二人とも立ち上がった。三人の表情にはもう不安などなかった。
康広が陽太に近づき、その顔を正面に見据えた。
「頼んだ」
陽太が康広を見上げて言う。
「まかせろ」
村山が深く頭を下げた。
「よろしくお願いします!」
「お前の為じゃないけどな!」
陽太に冷たく言われたが、勢いよく頭を上げた村山の表情はやはり希望に満ちていた。
「はい!」
陽太が二人から距離をとる。 そして二人に背中を向けて言った。
「行ってくる……未来で待ってろ」